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海外現地発ガイド通信

「コンスタンティーノ帝の凱旋門」は完全な形で残されている貴重な史跡


掲載日:2007/12/17 テーマ:世界遺産 行き先: イタリア / ローマ

タグ: すごい! 遺跡 世界遺産


コンスタンティーノ1世の勝利祝い

フランスの「エトワール凱旋門」のモデルとなったローマの凱旋門 フランスの「エトワール凱旋門」のモデルとなったローマの凱旋門

古代ローマの凱旋門は、戦いに勝った軍隊の帰国を歓迎し、勝利を記念して、将軍や大将に捧げられた門であ。312年のミルヴィオ橋の戦いで、マクセンティウス帝を破って西ローマ帝国の皇帝となったコンスタンティーノ帝。コンスタンティーノ帝の軍隊は、敵の軍隊よりはるかに経験も浅く、規模も小さかったと言われていたが、堂々と勝利に導いたという、歴史を変える戦いであった。彼の勝利を記念して、ローマのコロッセオ近くに「コンスタンティーノ凱旋門」の建設が始まり、わずか3年という短期間で完成した。この315年は、コンスタンティーノ帝の在位10年目にあたる年である。コンスタンティーノ帝は、ローマ帝国において、専制君主制を発展させ、禁止されていたキリスト教を公認した大帝だ。

ローマ最大の凱旋門は、他の凱旋門をリサイクル

コンスタンティーノ凱旋門の規模は、高さ21メートル、幅25.7メートル、奥行き7.4メートル。ローマ帝国時代に建てられた最大の凱旋門である。装飾は、工事を急ぐため、古い凱旋門のパネルや像をリサイクルした。主な部分は、フォロ・ロマーノの中にある、セウェルス帝凱旋門(203年建設)をモデルにした。その他、上部にある4つの像と、中央のアーチの内側やサイドにある4角形のパネルはトライアン帝の凱旋門のもの、小さなアーチの上部にある2枚のパネルは、マルコス・アウレリウス帝の凱旋門のもの、そして、4つの円形メダリオンは、ハドリアヌス帝の凱旋門から持ち合わせたという構造になっている。そして、日本では、フランスのパリにある凱旋門のほうが有名だが、実はこのフランスの凱旋門のモデルになったのが,ローマの「コンスタンティーノ凱旋門」なのである。ちなみに、パリの凱旋門は、1836年代につくられた凱旋門である。

ローマは、遺跡のオンパレード

リサイクルしたとはいっても、ローマにある凱旋門のうち、コンスタンティーノ帝凱旋門ほど、形がそのまま残っているものは少ない。コロッセオと隣接しているので、両方の遺跡を見学できて一石二鳥である。このような大きな門を、機械や車がない時代に、3年で建ててしまったローマ人はすごい!すべての石に意味ありというローマの街。街の中に遺跡があるというより、遺跡の中にある街である。

【関連情報】

■Arco di Costantino
住所:Piazza Colosseo, Roma

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2007/12/17)
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