page top

出発エリアをに変更しました。

海外旅行の検索・比較サイト|エイビーロード
AB-ROAD
イタリア・ローマ・世界遺産の現地ガイド記事
RSS

海外現地発ガイド通信

バチカンより高位にあるサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂


掲載日:2008/03/21 テーマ:世界遺産 行き先: イタリア / ローマ

タグ: すごい! 教会 世界遺産


本山にあたる救世主のカテドラル

サン・ピエトロより歴史の深いカテドラル サン・ピエトロより歴史の深いカテドラル

サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂という長々しい名前の教会は、ローマにある四大バジリカのうちの一つ。バジリカと呼ばれる聖堂は、ローマ教皇から特権を与えられた聖堂のことで、すべての教会がバジリカではない。それだけでなく、このサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂は、ローマの教会の中でも、最上位にあり、「救世主大聖堂」と呼ばれる特別な場所なのである。というのは、ここは、母教会(本山)であり、カトリック司教と教皇の正式な聖座がおかれているからである。そして1000年にもわたり、ローマ教皇庁(教皇の正式な公館)が置かれていた、バチカンより高位なカテドラルである。

教会に寄付された歴代の邸宅

ローマ帝国時代には、この大聖堂があった場所には、ラテラーニ家の宮殿があった。ラテラーニ家は、ローマ帝国を治めた皇帝たちの事務を務めた由緒ある一家である。一族の中には、執政官という高位なポジションについたものもいた。しかし、ネロ帝の時代に、皇帝に対する反乱の容疑をかけられ、一家は、自宅にしていた宮殿とその他の財産を没収されてしまった。そして、その後、コンスタンティヌス帝が邸宅として利用したと言われている。その後、キリスト教が公認され、コンスタンティヌス帝が邸宅を教会に寄進し、カトリック教会の建物として使われるようになった。

日本人のキリスト教司祭の任命式もここで

16世紀に入り、地震や火災の被害をうけて痛んだ大聖堂の修復事業が開始される。そして、1620年には、日本人キリスト教徒であるぺトロ・カスイ・岐部このラテラノ大聖堂で司祭として叙階を受けた。ぺトロ・カスイ・岐部は、日本人として初めてエルサレムを訪問し、ローマへたどり着いた、「日本のマルコポーロ」と呼ばれたキリシタンであり、遠藤周作氏の小説「王国への道」にも登場する。1800年代までは、教皇の戴冠式もここで行なわれていた。そんなエピソードもあるサン・ジョヴァンニ・ラテラーノ大聖堂。1980年には、建物が世界遺産として登録され、ますますその威容を誇っている。

聖年にだけ開く扉

バジリカ式の建物、バロック風の内装、12使徒の像、床のモザイクなど、一歩踏み入れると首が痛くなるような装飾の多さである。豪華な内装にしては、聖年にだけ開かれるポルタ・サンタ(聖なる扉)と回廊のある中庭は、以外とシンプルである。ローマはあまりにも観光スポットが多すぎて、まよってしまうが、必見のバジリカ。コロッセオからも近いので、天気がよければ散歩がてらてくてく歩いていこう。

【関連情報】

■サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂
住所:Via di San Giovanni in Laterano, 800184 Roma RM
交通:地下鉄サン・ジョヴァンニ駅下車

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2008/03/21)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
 提供情報の真実性、合法性、安全性などについては、ご自身の責任において事前に確認して利用してください。
エイビーマガジンについて

 

キーワードで記事検索

検索