コショウから見えてくる世界の歴史

今のように気軽に海外旅行ができる時代以前から、人類は珍しいものを欲しがりました。簡単に手に入らないものだからこそ、価値が生まれるのです。その代表的なものが、今では何ら特別なものではないスパイスです。「スパイスの王様」とも呼ばれ、今では簡単に手に入るコショウですが、そこから見えてくる歴史を紐解くだけでも、きっと旅が面白くなってきますよ。今回はコショウにまつわる、過去と現在の世界旅行の話です。

コショウからみる東西交流の歴史。その1 今では安いコショウだが、昔のヨーロッパでは… コショウからみる東西交流の歴史。その1 今では安いコショウだが、昔のヨーロッパでは…

コショウが海を渡る「スパイスロード」

コショウの原産地は、南インドのマラバール地方。これは現在のカルナータカ州とケララ州にまたがる、アラビア海沿岸地方です。紀元前からコショウは薬として、あるいは調味料として使われていました。古代ローマではコショウは「同じ重さの金と同じ価値がある」とまで言われ、すでにインドからローマまで運ばれていたのです。中国からローマまでの交易路を、絹が運ばれた道として「シルクロード」と呼びますが、アラビア海を渡る海の道「スパイスロード」も同じくらい古い時代からあったのです。

中世ヨーロッパでは金や銀と同価値だったコショウ

コショウはとくにヨーロッパで消費されました。今のように冷蔵庫などない時代には肉の冷凍保存はできませんから、肉を食べるごとに動物は屠殺されていました。また、家畜の飼料が少なくなる冬の前に、家畜を減らすために大量に屠殺し、肉を保存していました。その臭い消しのためにコショウが使われたのです。中世ヨーロッパでは納税をコショウで行っていたところもあり、ある意味コショウは金や銀と同価値だったのです。それほどコショウが高価だった理由は、インドからヨーロッパに入るまでに、アラブ商人、続いてベネチア商人の手を通り、値段がつり上がっていたことです。「千年共和国」と呼ばれたベネチアの繁栄も、コショウを代表とする東方のスパイスありきだったのです。

スパイスを求めて大航海時代が始まる

中世ヨーロッパでは航海技術はまだ発展していませんでした。バイキングをのぞけばせいぜい沿岸部の航海がやっとです。しかし時代が下ると、国内統一を果したスペインやポルトガルが国力をつけ、外洋に乗り出します。「羅針盤の伝播」という技術の革新も大きかったのです。そこで、金や銀、そしてスパイスを求め、15世紀になると両国は船団を外洋に送り出し始めます。これが「大航海時代」の始まりです。(その2へ続く)