“ベネチアのシンボル”の正面を飾る青銅の馬

イタリアの代表的な観光都市ベネチア。そのベネチアのシンボルといえるのがサン・マルコ寺院です。ロマネスク・ビザンチン建築の傑作で、創建は9世紀。828年に商人がエジプトのアレキサンドリアからベネチアに運んで来た、聖マルコ(4人の福音書家のひとり)の遺骸を祀るために建てられた教会です。現在の姿は11世紀以降の改築で、内部はすばらしいモザイクで彩られています。さて、この教会のサン・マルコ広場を見下ろす正面バルコニー部分に、青銅製の4頭の馬の像があるのをご存知でしょうか。現在、これはレプリカで本物は寺院2階にある博物館に展示されていますが、この青銅の馬はもともとトルコのイスタンブールにあったものなのです。それではどうして、いまはベネチアにあるのでしょうか?

イスタンブール旧市街にある、ヒッポドローム跡の広場 イスタンブール旧市街にある、ヒッポドローム跡の広場

古代に造られた青銅の馬たち

この4頭の青銅の馬の起源については、いろいろな説があるようです。ギリシャのどこか、あるいはロードス島で紀元前に製作されたという説もありますが、最近では2、3世紀のローマ時代に作られたという説が有力なようです。太陽神アポロンの馬車として作られたものを参考に、ローマ時代に模倣して製作されたのかもしれません。知られているのはこの青銅の馬が、ビザンツ帝国時代に首都コンスタンティノープル(現イスタンブール)のヒッポドローム(馬車競技場)を飾っていたということでした。現在のイスタンブール旧市街の中心部、ブルーモスク前にある細長い広場がそのヒッポドロームの跡です。

第4回十字軍、コンスタンティノープルへ

1204年、ベネチアの元首エンリコ・ダンドロが主導する第4回十字軍がコンスタンティノープルを攻略します。なぜ十字軍が同じキリスト教徒の国を攻撃したのでしょうか。十字軍の遠征には莫大な費用がかかります。兵士を運ぶ船を用意するので輸送費もかかりますし、食費だってかかります。その段取りを整えていたのがベネチアです。当初はエルサレムに向かうつもりだった十字軍ですが、出発するとベネチアに主導権を握られ、コンスタンティノープルを征服することに同意します。王や諸侯は渡航費を前借りしていたので、支払いのために略奪が必要だったのです。ベネチアは富や財宝も目的でしたが、ビザンツ商人を追い払い、東地中海の商業圏を独占するのも目的でした。(後編につづく)