ベネチアのシンボルとも言える教会

イタリアで行ってみたい都市の上位に必ず上げられるのが、水の都ベネチアでしょう。今回はそのベネチアのシンボルともいえるサン・マルコ寺院を紹介します。世界で最も美しい広場といわれるサン・マルコ広場に面した、このキリスト教教会は、誰もがベネチア観光のハイライトと言うでしょう。そもそもベネチアの繁栄も、このサン・マルコ寺院と切っても切れない関係にあるのです。西ローマ帝国末期、押し寄せるゲルマン人から逃れるために、沖合の島々に避難した人々が作ったのがベネチア共和国です。やがてベネチアは貿易と商業の町として発展して行きますが、そのときに町の守護聖人となったのが聖マルコです。聖マルコは、新約聖書の4人の福音書の著者のひとりで、初代アレクサンドリア総主教と言われている聖人です。

いつも人でにぎわうベネチアのサン・マルコ寺院 いつも人でにぎわうベネチアのサン・マルコ寺院

聖マルコが町の守護聖人になる

ローマ時代、エジプトのアレクサンドリアは、ローマ、アンティオキア(現トルコのアンタクヤ)と並ぶ大都市で、キリスト教徒も多く住んでいました。しかしイスラム教徒に占領されるようになると、そこにある聖遺物の保管が危惧されます。828年にベネチアの商人によって、聖マルコの聖遺物がベネチアに運ばれ、聖マルコがベネチアの守護聖人になったのです。強力な王権がまだ誕生する前の9世紀の西ヨーロッパは、キリスト教の権威を借りてハクをつけようと、各都市が有名な聖遺物を欲しがっていた時代です。そんな時、キリスト教徒の間では“超有名”な聖人の聖遺物を手に入れたベネチアが、それを町のシンボルにしたのは当たり前のことでしょう。今でもベネチアのシンボルは、聖マルコを表す「聖書を持った有翼のライオン」で、これはベネチア共和国の国旗にも描かれています。

守護聖人を祀る教会として建てられる

さて、ベネチアでは聖マルコの遺骸を収めるために、サン・マルコ寺院が建てられます。初期は別な場所にありましたが、やがて現在の場所に移り、何度かの再建を経た11世紀に現在の寺院のもとができました。この寺院建築は、西ヨーロッパで見慣れたゴシックやルネサンス様式とは異なり、正十字形の中央にドームが乗ったビザンチン様式が基本です。その後、周囲に回廊部分が建て増しされたので、ロマネスク様式の建築も混じっているというのが特徴でしょう。

「サン・マルコ寺院」「サン・マルコ大聖堂」どちらが正しい?

当時からこの教会はベネチア随一の規模でしたが、立場的には司教座が置かれたカテドラル(大聖堂)ではなく、隣にある共和国総督の宮殿に付属する礼拝堂でした。これはベネチアがローマ法王から政治的に独立しておきたいための処置だったようです。そのため、このサン・マルコ寺院に大司教座が置かれるようになったのは、1807年にナポレオンによってベネチア共和国が消滅してからでした。そのため、それ以前を寺院(または教会)、それ以降を大聖堂と呼ぶのが正しいようです。しかし長い歴史を通して呼ぶ時は、便宜上、「サン・マルコ寺院」としているようです。(その2に続く)