ベネチアの力を増すことに利用された?十字軍

第4回十字軍・その1からの続きです。その後、ザダルを占領した十字軍のもとに、ビザンツ帝国の亡命王子がやってきて、「王位を取り戻してくれたら礼金を払い、また東西に分裂していた教会も統合しよう」という申し出をします。しかしこれも突然のことではなく、ベネチアなどは最初から知っていたことでした。貿易相手のエジプトのアイユーブ朝を攻められては困りますし、十字軍からは船賃はもらいたいところですしね。ここで、ビザンツ帝国に恩を売っておけば、貿易もしやすくなるというものです。もうこうなっては、十字軍の真の実力者はベネチアの元首エンリコ・ダンドロといってもいいでしょう。ここでも十字軍の間から不満の声は出ましたが、結局、首都であるコンスタンティノープル(現イスタンブール)を攻め、1203年に亡命皇子を皇帝にします。こうしてベネチアの思惑通りに、ことは進んで行きます。

ベネチアのサン・マルコ寺院の正面にある「4頭の青銅の馬」は、イスタンブールからの略奪品 ベネチアのサン・マルコ寺院の正面にある「4頭の青銅の馬」は、イスタンブールからの略奪品

コンスタンティノープルの虐殺

皇帝が変わったビザンツ帝国ですが、新皇帝には力がなくて約束したお金は払えません。また住民たちも東西教会の統合に反対。次第に十字軍側とビザンツ側は対立して行きます。そのなかで支持されない新皇帝は殺されたので、1204年に再びコンスタンティノープルでの攻城戦が始まりました。コンスタンティノープルに住んでいたベネチア人も十字軍側に協力し、城内になだれこんだ十字軍兵士は、兵士だけでなく、一般人、聖職者、修道女たちも見境なく虐殺し、教会から破壊と略奪の限りを尽くしました。この時、330年の遷都以来、ここにあったローマ帝国の富は奪われたのです。こうしてビザンツ帝国は一度滅びます。

短命に終ったラテン帝国

コンスタンティノープルを占領して居座った十字軍は、フランドル伯ボードアンを皇帝にして、ここにラテン帝国を設立。ローマ教皇の要請にもかかわらず、結局、聖地奪回に向かうことはありませんでした。何しろ、富や領地を手にしてしまったのですから。このラテン帝国は1261年にビザンツの残存勢力に滅ぼされ、ビザンツ帝国は復興しますが、もうかつての勢いはありませんでした。(その3につづく)