各部屋にかかる絵画をチェック

ベネチアのドゥカーレ宮殿・その1からの続きです。階段を上って4階に出ると、最初に入るのが「4つの扉の間」です。ここにはベネチア派の代表的な画家であるティッツァーノ作の『祈りを捧げるグリマーニ総督』の絵がかかっています。次が小さな「謁見控えの間」で、やはりベネチア派を代表するティントレットの作品やヴェロネーゼ作の『エウロペの略奪』などが注目の作品があります。

天井までびっしり絵がある「元老院の間」 天井までびっしり絵がある「元老院の間」

謁見の間にあるヴェロネーゼ作品

ここを抜けてやや広めの「謁見の間」へ。ベネチアの総督が、各国の大使たちと公式に接見していた場所ですね。ベネチアの力を見せるためか、玉座にはヴェロネーゼ作の『レパントの海戦の勝利を感謝するヴェニエル総督』の絵があります。レパントの海戦は、ベネチアが東地中海の制海権をめぐってオスマン・トルコと戦い、勝利した海戦ですね。ヴェロネーゼでもっとも有名な作品は、ナポレオンによってベネチアから奪われて、現在はパリのルーブル美術館にある大作『カナの婚礼』です。

ベネチアの政治がここで行われていた

謁見の間の隣にある部屋が、かなり広いスペースを取っている「元老院の間」です。天井までびっしりと絵画によって埋め尽くされており、鑑賞していると首が疲れてきます(笑)。うねうねと過剰な装飾が施された絵画の額縁には、金泊を貼った漆喰が使われていて、見ているとお腹いっぱいになりそう。この部屋での注目の絵画は、天井の中央にあるティントレット作の『ベネチア称揚』です。4階にはほかにも「十人委員会の間」があります。ここで簡単にベネチア共和国の政治機構について解説してみましょう。ベネチアは共和制でしたが、参政権があるのは25歳以上の男性貴族のみでした。彼らが今でいう“国会議員”でその数は1000から1500人。議会がある時は、ドゥカーレ宮殿の3階にある、宮殿で一番広い「大評議の間」に集まり、ここで審議し、法制化していました。つまり立法機関ですね。

ベネチアの国政を担っていた十人委員会

しかし毎回、貴族をそんなに集めて評議会を行ってはいられません。そうしたことから、評議員から選抜された200人あまりからなる元老院のほうが、実質的な国会かもしれません。彼らが担当したのはおもに外交問題。財政問題はそれとは別に、評議員から選ばれた「四十人委員会」が担当していました。では「十人委員会」はというと、もともとは元老院の中でも力のあるものが選ばれ、外交問題など緊急性のある議題などを速やかに決定するための臨時の場でした。しかしそれが常態化し、やがて国家機密や公安的な権限を扱い、強い力を持つようになったものです。やがて十人委員会が実質的に国政を動かすようになります。十人委員会の間の天井には、ヴェロネーゼ作の『老いと若さ』がありますが、十人委員会は権力を持つ老人たちで構成されていたため、やがて評議会の「青年派」との対立が問題になっていきます。(その3に続く)