エル・カズネに至る“シク”の意味

そんな閉所恐怖症になりそうな天然の廊下の行き着く先が、エル・カズネなのです。薄暗く、狭苦しい崖の裂け目から、夢のようなバラ色の建造物が、最初はちょろりとほんの一部分だけ姿を現します。「あっ!見えた!」全貌の見えないことがもどかしく、けれどもその“ちょろり”は、限りなくミステリアスで蠱惑的です。つまり、シクの終着地点がエル・カズネの建つ広場に通じているのです。さんざん狭い道を歩かせて、ちらりちらりと姿を見せていき、最後にはいきなり広い場所に解き放って、その正面に立ちはだかる荘厳な宝物殿。それもマーブル模様でバラ色をした、高さ30mの、造りたてのように美しい遺跡です。人を驚かせ、感動させる手管をすべて計算済みのような見せ方に、ただもう言葉がありませんでした。

中東旅行屈指の人気観光地ペトラで、“茶道”を考えていた(その2) 中東旅行屈指の人気観光地ペトラで、“茶道”を考えていた(その2)

ナバテア人が後世の人間に残した宝物

自然の地形を十分に活用した――活用などという平凡な表現では物足りないのでこう補足します――自然に寄り添い、折れ合っているように見せかけながら、その実このロケーションの主導権・決定権は完全に人間の手に握られている、そんな、狡猾とも呼びたくなるほどの古代人の華麗な罠にまんまと落ちて、人はたわいなくそれを喜ぶ。そう、エル・カズネはナバテア人の宝物殿であると同時に、まさに人類の宝だといえます。

急に“茶道”に思い至ったのはなぜ?

シクから出て視界がサッと開けたとき、なぜかお茶会の席をいきなり思い出しました。私は学生時代に茶道をやっていて、当時はたまにお茶会に出かけました。名のあるお茶室というのは、たいてい外見はいまにも崩れ落ちそうなくらいに古びています。そして中に入る入り口は、悪意さえ感じるほど、せまく小さいのです。ぎゅうっとかがみ込み、腰を折り曲げてお茶室へとにじって入った瞬間が、一息に意識を天上世界へと連れて行かれる至福のときです。ひかえめに焚きこめられたお香のかおり。花入れに挿された、愛らしい花。釜から絶え間なくあがる、一筋の白い湯気、釜の中で静かに反響しつづける、お湯の沸く音。服と畳がサッとこすれるかすかな音。私は、お茶を飲むときより、またお茶をいただいたあとで立派な道具を拝見するときより、最初にお茶室に入るその瞬間が大好きでした。(その3へ続く)