リガという街はどういうところか

ラトビアの首都リガは人口約70万人の大都市です。かつてラトビアはソ連内の社会主義国でしたが1991年に独立を果たしました。リガは古い歴史を持つ街で、13世紀初頭にドイツ、ブレーメンの司教が礎石を置いたことから始まるとされています。その後、ドイツ騎士団が進出し、ドイツ人植民の拠点となりました。リガが繁栄したのは、この13世紀ハンザ同盟の時代で、北海、バルト海からロシアへ続く商業ルートの中心都市となりました。長い間ドイツ人によって支配され、街の基礎をドイツ人が造ったため、リガは中世ドイツ商業都市の面影を残し、とりわけハンザ同盟の街並みがよく残っていることで知られています。

リガの一画で突き当たるエイゼンシュテインの建築群(前編) リガの一画で突き当たるエイゼンシュテインの建築群(前編)

旧市街から歩き出してみよう

そのような歴史から、現在残っている旧市街の街並みは、ドイツよりもドイツらしいといわれるほどですが、それだけでなくヨーロッパで発達した様々な様式の建築物も現存しています。それは、皮肉にもソ連時代に旧市街の開発が遅れたためだそうです。旧社会主義の国ではたまにこういうことがあるようですね。リガ旧市街は世界遺産に登録されていますが、それはロマネスク、ゴシック、バロックなど建築様式が混在し、歴史的にも学術的にも価値が高いとされたからです。中世ドイツの都市の面影を残すといわれながら、なぜか「バルトのパリ」とも呼ばれたというのが不思議ですね。

旧市街をはずれると雰囲気が一変!

さて、その旧市街を北へ1kmほど歩いていくと、アルベルタ通り、エリザベテス通りという2つの通りにつきあたります。ドイツらしい旧市街を外れて、突然あたりの風景が変わってしまうことに気がつくことでしょう。いかにも風変わりな建物ばかり並んでいます。建築に興味がある方には、それがアールヌーヴォー建築であることにすぐにわかるはずです。アールヌーヴォーは19世紀末から第一次世界大戦が始まる1914年頃まで、わずか20年ほどの短い期間に咲いた芸術様式です。ヨーロッパを中心に、工芸、建築、グラフィックデザインなどに影響がおよび、リガには19世紀後半に到達し、20世紀初頭に花開きました。