まるでヨーロッパの隠れ家のようなしっとりとした首都ビリニュス

バルト海に面したバルト三国の中で、もっとも南に位置するリトアニアは、あまり知られていないバルト三国の中でも、地味な国でしょう。フィンランドとの行き来が盛んなエストニアの首都タリン、ラトヴィアの首都リガは、古くからドイツのハンザ商人や騎士団によって作られた質実剛健な雰囲気が漂う堂々たる町です。それらにくらべてリトアニアの首都ビリニュスは、深い緑に覆われた内陸部にあるせいか、三国の中でも、さらにひっそり、そしてしっとりしています。ウエットな印象が、こころに沁みるいい町なのです。13世紀から1795年まではリトアニア大公国として、今のベラルーシやポーランドの一部まで支配下に置いていました。町はその頃からのもの。美しく整備されています。人が多くないので、旧市街をゆっくり歩けます。

「東洋のシンドラー」と呼ばれた杉原千畝リトアニア領事とは? 「東洋のシンドラー」と呼ばれた杉原千畝リトアニア領事とは?

泣かされる国リトアニア

そんなビリニュスで、しかし最大の見どころは新市街にありました。テレビ塔です。1990年リトアニアは独立を宣言、しかし翌年の1月ソ連は軍事展開を始めます。この時、戦車と戦ったのが、武器を持たない市民たちでした。多くの人命が奪われる中、テレビ塔などを死守、政府も市民の行動を後押しするべく声明を発表、いち早く北欧諸国が国連に訴えました。ソ連は8月のクーデーターが失敗すると権威を失墜、アメリカを始め、ようやく世界各国がバルト三国の独立を承認するに至ったのです。テレビ塔の下に立ち、ガイドさんからこの話を聞かされるたびに、胸が熱くなります。独立に先立って、1989年にはバルト三国で、200万もの市民が手をつなぎ、歌をうたって独立を訴えてもいます。これを「バルトの道」(人間の鎖)と呼んでいます。こんな話もあって、どうしたってウルウルしてしまうのです。

東洋のシンドラー、杉原千畝領事とは?

第2次世界大戦の折にも、この国には、人の心をつかんで離さない話が残されています。それが「東洋のシンドラー」です。シンドラーは、ポーランドの自身の工場で働いていた1200人のユダヤ人の命を救ったドイツ人実業家の名前です。対して東洋のシンドラーこと杉原領事は、本国外務省からの命令に背いて、ポーランドから逃げてきた6000人を超える亡命ユダヤ人に、日本の一時通過ビザを与え、彼らは命からがらアメリカに渡ったのです。これを「命のビザ」と呼んでいます。リトアニア、イスラエル両国からは顕彰された杉原氏でしたが、戦後外交官名簿からも削除された彼が、日本で名誉を回復されたのは2000年のこと。カウナスには当時の日本領事館が「杉原千畝記念館」として残されています。またビリニュスとイスラエルのネタニヤ市には「スギハラ通り」が設けられました。映画『杉原千畝 スギハラチウネ』では、唐沢寿明が杉原領事を演じています。