歴史の爪跡を鑑賞できるKGB博物館

エストニア、ラトビア、リトアニアの三国がソ連の支配下に置かれたのは、第2次世界大戦中のことです。その後、1991年のゴルバチョフ大統領によるペレストロイカ政策によって、三国は悲願の独立を達成するわけです。最後のロシア軍がエストニアから撤退したのは1994年、現在からたった20年前のことなんです。その歴史の爪跡を、エストニア、ラトビアにある2つのKGB博物館から見ることができます。KGBとは、ソ連国家保安委員会のことで、米国のCIAのような存在でした。

スパイ活動ってどんなことをするの? リトアニアとエストニアのKGB博物館(その1) スパイ活動ってどんなことをするの? リトアニアとエストニアのKGB博物館(その1)

現在は観光客に人気のホテルなのに、実は…

エストニアのタリンにあるKGB博物館は、 ソコス・ホテルの最上階にあります。ソコス・ホテルはヴィル門近くの、大きなショッピングモールと繋がっており、観光客に人気のホテル。このホテル最上階が博物館になっているのは、なんと以前そこがKGBがスパイ・諜報活動を行っていた拠点だからなのです。ソ連支配下のタリンで、外国人旅行客が唯一宿泊できた施設が、ソコスホテルだったのです。もちろん、旅行者のみならず、公人もここに宿泊しました。そのため、様々な国家情報が集まる場所だったわけです。

外から見ても、一見分からない謎の最上階

博物館はガイド付きのみ入場が可能で、事前申込み制になっています。英語ツアーは1日に2回しかないので、時間を確認して行きましょう。私が参加したときは、自分を含め参加者は8名。時間でロビーに集まると、ガイドと一緒にエレベーターで22階まで上がりました。博物館は23階にありますが、現在でもそこへはエレベーターで上がることはできないため、22階からは階段を使います。面白いことに、外からホテルを見ても、23階には窓もないので部屋があるとは分からない作りになっています。建設時から、緻密に計画されたホテルだったのです。

KGB司令官と話すことができる電話とは?

まずは、階段沿いにホテルの歴史やホテルに宿泊した外国の公人たちのパネルで紹介していました。階段を上がりきっても、両側に2つ扉があるだけです。まずは「コピー室」と書かれた部屋の扉を開けて廊下を進むと、駐在していたKGB職員の事務部屋になっていました。机には事務用品の他、目に留まったのが番号のない不思議な電話機。すると、ガイドさんが「これはタリン在KGB司令官へのダイレクトコールなので番号がありません。今でも司令官と話せますよ」と。ドキドキしながら受話器を取ってみると、ロシア語で何か話している声が聞こえてきました!!(その2へ続く)