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4年に一度の「歌と踊りの祭典」〜ユネスコ無形文化遺産に参加/バルトの国リトアニア


非暴力で独立を勝ち取ったリトアニア人の誇り「歌と踊りの祭典」

永遠の平和を祈る姿に心打たれ。 永遠の平和を祈る姿に心打たれ。

まだ陽の高い午後5時頃、リトアニアの首都ビリニュス、ビンギス公園へ続く森の小路では、民族衣装を着た地元の人々がグループになり、嬉々として歌いながらメイン会場へと進んでいました。彼らが向かうのは4年に一度開催される「歌と踊りの祭典」。祭典は1週間続きます。独立100周年を迎えた2018年7月初旬、国を挙げてのこの大イベントの最終日に参加してみました。それはまるで巨大な野外音楽フェス! 4年に一度といえばオリンピックが浮かびますが、リトアニアではオリンピックよりもっと大切な自由を象徴する国最大のお祭りでもあります。まずは三度目のバルト国の感想から。エストニアやラトビアとはひと味違い、リトアニアの国民性やカルチャーは強烈でした。国民のほとんどがカトリックであること、国の確固たるアイデンティティを頑なに持ち続けているという印象です。「重い」くらいの自国への愛と誇り。それはまぎれもなく、リトアニアの宝といえます。

老若男女が歌う、国歌、祈り、愛・・・聖なる歌声に涙

聞くところによると、1000年も昔から伝わる歌がいまだに歌い継がれているそうです。プログラムは日によって違い、フォークロア・デイ、演劇なども含むアンサンブル・ナイト、ダンス・デー、最終日のソング・デイなどがあります。 聞くところによると、1000年も昔から伝わる歌がいまだに歌い継がれているそうです。プログラムは日によって違い、フォークロア・デイ、演劇なども含むアンサンブル・ナイト、ダンス・デー、最終日のソング・デイなどがあります。

メイン会場は大きな野外スタジアムのよう。到着した時、ステージではすでに小・中・高校生の部、青年の部など、さまざまなグループが数曲ずつ合唱を披露していました。 会場には食事やドリンクの屋台がたくさん出ていて、お肉を焼く香ばしい匂いも漂ってきます。ずっと同じ体勢で歌を聞き続けるのも疲れますから、ときには屋台を冷やかして歩き、生ビールなどをいただきながら楽しみました。周辺の芝生では、家族連れや学生グループが思い思いのひと時を過ごしています。そして夜7時半頃、フィナーレに近づくと最後に皆で4〜5曲唄いますが、国歌とその前に唄ったメランコリックな曲の時、老いも若きも涙を浮かべています。見ている方も思わず涙ぐんでしまうほど。最後の国歌斉唱が終わった後の拍手と歓声は、世界中の天地にも届きそうな荘厳な響き…圧巻でした。

次の祭典は2022年、ぜひとも参加してみませんか!

生き生きとした笑顔が素敵な少女たち 生き生きとした笑顔が素敵な少女たち

バルトの国々には「人間の鎖」という言葉があります。1989年8月23日、朝のラジオ放送の呼びかけで、南はビリニュスから、ラトビアの首都リガ、北はエストニアの首都タリンまでの600キロを、約200万人が一列に並んで手を繋ぎました。平和を訴えるデモンストレーション。これをきっかけに旧ソ連からの独立が現実となったのです。旧ソ連支配下では、民間伝承的に伝わってきた歌を口ずさむことさえ禁じられたという時代、歌や踊りは人々の心を結束させるために重要な役割を果たしてきたそうです。確かに、この祭典ではリトアニア人の覚悟のようなものさえ感じられました。「独立」と「自由」がこれほど貴いものであること、海外に出て歴史を肌で感じることの大切さを改めて学んだ気がします。歌と踊りの祭典のスケジュールは約1年前に下記HPから確認できます。
※記事の情報は2019年4月現在のものです。
●歌と踊りの祭典 www.dainusvente.lt/en/
●取材協力:リトアニア政府観光局 www.lithuania.travel

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2019/04/26)

※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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