マルタ島のおかげで守られたヨーロッパ

ヨーロッパの地中海のほぼ真ん中、イタリアのシチリア島のすぐ南に、ぽちっと浮かぶ島がマルタ島です。日本ではあまり馴染みがありませんが、ヨーロッパ人にとっては特別な島です。というのも、島の名前になっているとおり、ここには長いことマルタ騎士団が本拠地を置いて、対オスマントルコ帝国の砦になっていたからです。オスマントルコは、この難攻不落の要塞の島を幾度となく襲いましたが、陥落させることができず、17世紀には陸路でオーストリアのウィーン近郊まで進撃し、しかしここでも撤退を余儀なくされて、ヨーロッパ支配の夢は、ついに幻となったのです。言ってみれば、キリスト教世界を守った立役者が、マルタ島のマルタ騎士団だったのですね。もしマルタ島がオスマントルコに支配されていたらどうなっていたことか。多くのヨーロッパ人は、この島の存在を極めて大事に考えているのです。

世界遺産マルタ島の魅力とは〜この島がヨーロッパを守った? 世界遺産マルタ島の魅力とは〜この島がヨーロッパを守った?

マルタ島の石が果たした役割とは…

こんな歴史があるからこそ、要塞に囲まれたマルタ島のバレッタ(旧市街)は、いち早く世界遺産に登録されたのかもしれません。ライムストーン(石灰岩)の黄色がかった石で、要塞も建物も造られています。島のいたるところに石切り場があり、採石はこの国の重要な産業のひとつになっているほどです。石の性質が、空気に触れる以前は「ナイフでパンを切るほどやわらい」と言われており、だからこそ、難攻不落の要塞の建造も可能になったのでしょう。現在でも採石場に行って見てみると、水を張った中に、できたての豆腐のような石が集められています。夏は焦げつくな強烈な日差しが、このライムストーンの地面や建物に反射します。ローマ時代に造船のために、森林を破壊してしまって以降、この島には緑がほとんどなくなってしまったそうです。水も不足しがちで、今ではイタリアから供給しています。

マルタの残る巨石文化の遺跡は、紀元前3000年以上も前なのです

1902年、貯水槽を掘っていた職人が発見したのが地下宮殿でした。紀元前3800年前から1300年も使われていた形跡があるそうで、7000体以上のしかも、ほぼ女性ばかりの遺骨が発見されました。墓所と祭礼センターがあったようです。ここからは「眠れる婦人」のテラコッタ(国立考古学博物館で観られます)も発見され、地母神信仰があったのではと考えられています。中は外と違ってひんやりとし、三層建ての神殿となっています。1時間に10名までの完全限定予約制ですので、WEB等でご予約ください。必見です。そしてここから500メートルくらい離れた場所にはタルシエンの巨石神殿遺跡があります。規模が大きく、巨石の石組みが圧倒的な迫力です。「こんなところにこんなに凄いものがあったのだ!」と、マルタは、想像をはるかに超えた歴史と遺物を見せてくれます。一度は訪れてみたい国ですね。