モロッコ初の王朝が興った町フェズ

モロッコの東部にあるフェズは、8世紀にイスラム王朝のイドリス朝が興った町です。町は丘の上にあり、複雑怪奇な迷路が縦横無尽に行き交っています。フェズに来ると、モロッコに来たなと感じます。迷路の中に立つ堅牢な家々は高い塀に囲まれ、狭い道を、荷物を背負ったロバが、悲しい目をして行き過ぎます。子供は元気で、大人も次々に、自称ガイドとなって声を掛けてきます。男女とも裾の長い民族服を着た人を多く見かけます。フェズは日本で言えば京都のような町なのでしょう。そして17世紀半ばにモロッコを統治し、現在まで続くアラウィー朝も、フェズが最初の首都でした。この町から、アトラス山脈を越えてサハラ砂漠を見に行くのが一般的な旅のコースです。そしてフェズから車で1時間も走ると風景が一変します。

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モロッコのスイスと言われるイフランの町

そこは標高が1600メートル、冬には雪が積もる山間の町イフラン。古くからベルベル人と呼ばれる先住民が暮らした町です。モロッコは大きく、アトラス山脈以北がアラブ人のモロッコ、アトラス山脈以南が遊牧民ベルベル人のモロッコといわれています。アラブ人はイドリス王朝以降も、ベルベル人と手を結ぶことで王朝を続けてきました。ですから現国王の父、故ハッサン2世も、ベルベル貴族出身のラーラ・ラティファ・ハンム王妃をこのイフランから迎えたのです。1993年にはこの町にアル=アハワイン・イフラン大学が設立されました。今では学生の町として、世界中から交換留学生などがやってきています。

元王妃はイフラン出身です

イフランは、冬はスキーで賑わう観光地です。フェズで味わったモロッコ的イメージが、ここでは完全に破壊されます。こんなモロッコもあったのだと。そして元王妃のラーラ・ラティファ・ハンムは、旧習を打ち破ったことで有名な方でした。法律で禁じられていた王妃自身の写真を新聞に掲載したのです。これには国中で衝撃が走りました。彼女は五人の子をもうけ、王家に入れない自らの身分を「王子たちの母」として、主張したかったと言われています。誇り高いベルベル貴族の出身者らしい行動でした。今では法律は改正され、現王妃の写真はネット上でも出回っています。

今では元王妃はモロッコを離れ…

そして1999年、ハッサン国王が急逝すると、王妃は国王の警護総監であったムハンマド・メディウーリと再婚したのです。息子の現国王は大激怒、しかし当時のフランス大統領シラクの仲裁で母子は仲直りし、現在彼女はフランスで、メディウーリと暮らしています。凄い王妃がいたものですね。この話を知っていれば、通り過ぎるだけのイフランが、違った町に見えてくるでしょう。