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オランダ・アムステルダム・憧れホテルの現地ガイド記事
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海外現地発ガイド通信

世界で最も有名なカップルが滞在したスイートルーム


オランダ初のインターナショナルホテル

ジョンとヨーコが滞在し、歴史的パフォーマンス「ベッド・イン」が行われた現702号室 ジョンとヨーコが滞在し、歴史的パフォーマンス「ベッド・イン」が行われた現702号室

世界中に展開する高級ホテルチェーン「ヒルトン」。誰もが耳にしたことがありますよね。1962年にオープンしたアムステルダムのヒルトンホテルは、オランダ初のインターナショナルホテル。客室数は271室で、美容院、バー、レストラン、カフェ、フィットネスセンター、ビジネスセンター、ギフトショップなどが完備されています。運河沿いの心地よいホテルのテラスは、高原やビーチのリゾートを思わせ、アムステルダムの中心街にいながら街の喧騒を忘れてリラックスできます。もちろんヒルトン・アムステルダムはラグジュアリーなホテルで有名ですが、実は世界的に有名な新婚カップルによる歴史的イベントが行われたのが、このヒルトンなのです。新郎は言わずと知れたビートルズのメンバー「ジョン・レノン」。そして新婦は、現在も国境を超えてアーティストとして活躍する「オノ・ヨーコ」です。世界で最も有名な日本人女性と言えるでしょう。欧米で「あなたが知っている有名な日本人女性は?」と聞くと「ヨーコ・オノ」と答える人は多いです。

ジョン・レノンとオノ・ヨーコ

702号室の天井には「ジョンとヨーコのバラード」の一節。アムステルダム・ヒルトンの名が登場する 702号室の天井には「ジョンとヨーコのバラード」の一節。アムステルダム・ヒルトンの名が登場する

1960年代後半は、ベトナム戦争に介入したアメリカ軍による大量虐殺や無差別攻撃が報道され、アメリカ国内や西欧諸国、そして日本でも反戦平和運動が高まりを見せていました。1969年3月20日、ジョン・レノンとオノ・ヨーコはジブラルタルで結婚しました。自分達の新婚旅行が世界的な大スクープになると思った二人は、ベトナム戦争への抗議運動として活用することにしました。そして「『ベッド・イン』というパフォーマンスを行う」と世間に公表したのです。「ベッド・イン」という大胆なフレーズはマスコミの妄想をかきたて「ジョンとヨーコが公開で不適切行為をする」というゴシップでもちきりになりました。最初のベッド・インの地に、寛容の街で知られるアムステルダムが選ばれました。とはいえ先ず、アムステルダムの2つのホテルが、予測される報道過熱とファンの殺到に難色を示し、二人の宿泊を断りました。そして3軒目にして二人の宿泊を快諾したのが、ヒルトン・アムステルダムだったのです。

平和のためのベッド・イン

緑や樹木の色彩、自然素材を意識した702号室のインテリア 緑や樹木の色彩、自然素材を意識した702号室のインテリア

1969年3月24日、ヒルトン・アムステルダムの前に白いロールスロイスが到着。「世界一有名な新婚カップル」ことジョン・レノンとオノ・ヨーコが降り立ちました。 予約されたプレジデンシャルスイート902号室(現在の702号室)に二人は入室し、ベッドを除く全ての家具を部屋から取り除き、「BED PEACE」「HAIR PEACE」などの手書きメッセージやスケッチで壁や窓を飾りました。 これが「ベッド・イン(Bed-Ins For Peace)」の始まりです。ジョンとヨーコは3月25日から31日までの一週間、家具がベッドだけの部屋に世界中から駆け付けた報道陣を招き、午前9時から午後9時まで記者会見を行いました。「ベッド・インというパフォーマンスは公開で不適切行為をすること」と予測したマスコミの期待は見事に裏切られました。二人は確かにベッドの中にいますがパジャマを着ていて、「戦争なんかするよりベッドの中で過ごそう」と世界に向けて反戦アピールを繰り広げました。ベッド・インというセンセーショナルな言葉で大衆の興味をそそり、実は反戦平和メッセージを世界の隅々まで届けることが彼らの真の狙いでした。

ジョンとヨーコのバラード

702号室の浴室 702号室の浴室

ベッド・インは、その後の数多のアーティスト達や活動家達に多大な影響を与え、そして平和を願う多くの人々の喝采を浴びました。当時アムステルダムでは、二人に賛同し「愛と平和 (Love and Peace)」を掲げる若者達が集結。アムステルダムの街は反戦平和ムードに包まれました。またユニークな例として、当時15歳のオランダ人少年フーバート・デ・ルース (Govert de Roos)が、自分でプレス許可証をそれっぽく作り、ベッド・イン会見の報道陣に紛れ込むことに成功。ジョンとヨーコは少年の依頼に快く応え、少年は二人をカメラに収めることができました。ジョンとヨーコとの出会いは少年の人生に大きな影響を与え、現在フーバートはプロのフォトグラファーとして第一線で活躍しています。
ベッド・インやバギズム(Bagism)など、この時期のジョンとヨーコの一連の行動は「ジョンとヨーコのバラード(The Ballad of John and Yoko)」としてビートルズのアルバムに収録され、歌詞の一節にはアムステルダム・ヒルトンが登場します。

あなたが望めば戦争は終わる

ヒルトン・アムステルダム外観 ヒルトン・アムステルダム外観

その後ジョンとヨーコは、5月にモントリオールで行われた2度目のベッド・インで、「平和を我等に」(Give Peace a Chance)を「プラスティック・オノ・バンド」名義で発表。同年12月に「War Is Over! (If You Want it)」((あなたが望めば)戦争は終わる)という広告キャンペーンを行いました。「War Is Over! (If You Want it)」というフレーズは、1971年発表の「ハッピー・クリスマス (戦争は終った)(Happy Xmas (War Is Over))」でもコーラスで繰り返されています。この曲は日本でも定番のクリスマスソングですよね。尚、現在もヨーコ率いるプラスティック・オノ・バンドは豪華なサポートメンバーで有名ですが、最近のサポートメンバーには小山田圭吾が名を連ねています。
アムステルダム・ベッド・インを含む当時の二人の反戦平和運動は「PEACE BED アメリカ VS ジョン・レノン」など数々の記録映画に登場。また主にモントリオール・ベッド・インを記録した「Bed Peace」は、2011年にYouTubeで公開。現在もオノ・ヨーコの公式チャンネルで無料視聴が可能です。

ジョンとヨーコのスイート

ベッド・インが行われたヒルトン・アムステルダムの現702号室は「ジョンとヨーコのスイート(John and Yoko suite)」と呼ばれ宿泊可能です。 リニューアルに伴い色彩はアースカラーを基調とし、インテリアは全て天然素材を使用。オノ・ヨーコ公認による二人にちなんだ装飾が各所にあしらわれています。この部屋はベッド・イン50周年の2019年に一般公開もされました。さてこのスイートルーム、オフシーズンは一泊1500ユーロ、ピーク時は3000ユーロほどとのこと。熱烈なビートルズやジョンのファンが宿泊するそうです。
ヒルトン・アムステルダムの従業員は、ベッド・インが自分達の勤務するホテルで行われたことを誇りに思っており、質問をすれば快く答えてくれます。ラグジュアリーなホテルだけではない、ポリシーを感じさせてくれるヒルトン・アムステルダム。ビジネスでも旅行でもヒルトン・アムステルダムに泊まるなら、ジョン・レノンとオノ・ヨーコ、そしてベッド・インのエピソードを知っていればより感慨深い滞在になるでしょう。旅すがらジョンとヨーコのメッセージを思いだし、平和について今一度考えてみませんか。だって旅行は平和なしではできないのですから。

ヒルトンホテル アムステルダム

所在地: Apollolaan 138, 1077 BG Amsterdam
電話: +31207106000
FAX: +31207106080
メール: info.amsterdam@hilton.com
URL: http://www.hiltonhotels.com
一般宿泊料金: 200ユーロ前後から
行き方: アムステルダム中央駅からトラム2番、Emmastraat下車徒歩2分。
参照: BED PEACE starring John Lennon and Yoko Ono
http://youtu.be/mRjjiOV003Q

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2019/05/16)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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