レンブラント広場のレンブラント像を見上げる

アムステルダム中央駅から最も広い通りを歩いていくと、王宮のあるダム広場、ムント広場、レンブラント広場と続いていきます。レンブラント広場の中央には、ベレー帽をかぶったレンブラントの銅像が建てられています。この周囲に「夜警」に登場する兵たちの銅像が立っていた時期がありましたが、今はもうありません。正直言って、レンブラント像だけのほうがすっきりします。このレンブラント像を見ていると、もしかして画家や漫画家が、ベレー帽をかぶるようになったのは、彼のせいではないかと思えてきます。レンブラントほど自画像を描いた画家はいないと言われるほどで、様々な帽子をかぶっていますが、圧倒的に多いのがベレー帽だからです。彼の存在は、後年の画家たちに強い影響を与えていますが、ベレー帽をかぶった自画像こそが、画家の姿の象徴になった気さえするのです。

17世紀の建物が残るアムステルダムの町並みと運河 17世紀の建物が残るアムステルダムの町並みと運河

レンブラントの家を訪れる

レンブラント広場から、アムステル川を越えて、市庁舎の角を左に曲がって歩いていくと、そこがレンブラントの家です。彼の生きた時代から400年も経っているので、当然のこと、あたりの風景は様変わりしているでしょう。しかしレンブラントの家が残っているということは、さほど変わらない部分もあるはずです。そう思うと、レンブラントが何を見ながらアムステルダムの町を歩いていたのか想像が膨らみます。レンブラントに関するある映画では、そんな時代の様子が上手に描かれていました。このレンブラントの家は、工房で、弟子を多く雇ってエッチング機械を使って大量生産していたそうです。エッチングが展示されていると同時に、機械が残されています。レンブラントの企業画家としての側面を、この家では感じることができるのです。しかしレンブラントはこの家で、破産してしまうのでした。

国立アムステルダム美術館に行ってみる

国立アムステルダム美術館には、レンブラントの最高傑作「夜警」が展示されていますが、それはラストに残しておきましょう。レンブラントの活躍した時代は、オランダ黄金時代と呼ばれ、数多くの人気画家を輩出した時代でした。中でも有名なのがフェルメールです。「牛乳を注ぐ女」をはじめ小品ばかりが4点収蔵されています。まるで光の粒が弾けるような筆づかいは、フェルメール独自の風合いで、多くの来館者がしばらく立ち止まって見入っています。ほかにもアーフェルカンプの「スケートをする人々のいる冬景色」は楽しげで雪が美しく、ピーテル・デ・ホーホの「家の裏庭にいる三人の女性と一人の男」は、現代の作品に通じる透明さを感じます。そして「夜警」です。圧倒的大作で、その大きさに度肝を抜かされます。3.63 メートルx 4.37メートル もの大きさがあるそうです。そしてこの頃からレンブラントの人生は暗転していったそうです。