調味料としてだけでなく、さまざまな用途に使われた「白い金」

「地下空間に売店やレストランも! 世界遺産『ヴィエリチカ岩塩坑』」その2からの続きです。さて、人類が塩を調理に使い始めたのは、いつからでしょう? 一説には紀元前6000年からとされています。塩は人間にとって、はるか昔からなくてはならないものでした。ヴィエリチカ岩塩坑は、1044年から採掘が始まりました。13世紀からは国家事業として開発され、カジミエシュ大王の治世下には、王国の利益の30%がヴィエリチカ岩塩坑からの収入だったといいます。当時は「塩と金(きん)は同じ価値がある」とまでいわれていました。

カジミエシュ大王はヴィエリチカの製塩事業を手厚く保護しました カジミエシュ大王はヴィエリチカの製塩事業を手厚く保護しました

馬が働いているシーンでは、見学者の皆さんが馬に同情……

世界最古の製塩企業であったこの岩塩坑では、このため莫大な資金を投じて塩を採掘してきました。もともとは人力でしたが、1860年代にはハンガリー製の車(蒸気自動車と思われます)を運び入れて採掘機を回したそうです。しかし、車はコストが高く、排出される煤煙の問題もあって、その後は馬を使うことになりました。馬が採掘機の周りをグルグル回っているという再現シーンもあるんですよ。馬は、精神的・肉体的に地下で長く働くのは難しいので、2、3時間おきに交代したそうです。1900年代に入ってからは、徐々に電化されていきました。

もちろん作り物ですが、なんとなく哀れな馬たち もちろん作り物ですが、なんとなく哀れな馬たち

カジミエシュ大王の像やキンガ妃の像もあります

ガイドツアーでは、それらの説明を聞きながら豊富な再現シーンを見学していきます。塩でできた像は、造形は単純ながら厳かな印象です。マネキンを使って労働の様子を再現した箇所は、当時の工夫にただただ感嘆します。中でも、コペルニクスの像には人気が集まっていました。ポーランドが生んだ偉人コペルニクスは、一般人としては初めてこのヴィエリチカ岩塩坑を訪れた人だったそうです。像は、コペルニクス生誕500年を記念して作られました。やがて、ツアーはハイライトともいえる「キンガ礼拝堂」へ向かいます。

コペルニクスの像が捧げ持っているのは、やはり地球でしょうか コペルニクスの像が捧げ持っているのは、やはり地球でしょうか

完成までに70年を要した、地下の礼拝堂

キンガ礼拝堂は、信仰心の厚い坑夫たちが塩を掘り抜いて作り上げた、壮大な空間です。礼拝堂は他にいくつかありますが、ここは規模が大きい上に芸術的にもすぐれているので、見学コースに必ず入っています。この礼拝堂は、完成までに70年かかりました。ということは、この礼拝堂作りの最初から最後までを見届けた坑夫は、きっと一人もいなかったのでしょう。名もない人々が築いた見事な塩の彫刻の空間に身を置き、ここにこうしていられることの幸運を感じました。よくぞ落盤事故や第二次世界大戦での破損などに遭わず、この礼拝堂が生き永らえてくれたものです。(「その4」に続く)

美しさに誰もがうっとりの「キンガ礼拝堂」 美しさに誰もがうっとりの「キンガ礼拝堂」