旅行者の誰もが行く「ワルシャワ歴史地区」

あなたは、ポーランドという国にどんなイメージを持っていますか。やはり“さまざまな苦難の時代を乗り越えてきた国”というイメージを持つ人は多いと思います。首都ワルシャワの旧市街を歩いてみましょう。ここは、「ワルシャワ歴史地区」として世界遺産に登録されているスポットです。私が訪れたのは、夏のよく晴れた日でした。おとぎ話の絵本に入り込んだような、カラフルな街並みに心躍ります。風船売り、アコーディオン弾き、シャボン玉、鳩、教会の鐘。誰もが思い描くような、美しく短い夏のヨーロッパの風景でした。

歩くだけでウキウキするような、夏のある日 歩くだけでウキウキするような、夏のある日

ポーランドの歴史は激動の連続でした

この街並みが、市民の大変な努力の上によみがえったとは、ちょっと見ただけでは信じられません。しかし、歴史を知ってから散策すると、同じ街並みがまるで別物に見えてくるのです。ポーランドの国土は、周囲を近隣の国々に囲まれた平坦な土地です。この地理的な条件もあり、近世からくりかえし他国の侵略を受けてきました。18世紀には、3度にわたる「ポーランド分割」により、国土が消滅します。

着ぐるみのクマも楽しげ 着ぐるみのクマも楽しげ

「北のパリ」は見る影もなく破壊されました

そして第二次世界大戦の発端となる「ポーランド侵攻」とその後のナチス・ドイツの爆撃で、かつて「北のパリ」と称された美しい首都ワルシャワは、壊滅的に破壊されました。第二次世界大戦の後には、ワルシャワ市街の実に80%が瓦礫となっていたそうです。ワルシャワ旧王宮に、当時の写真が展示されています。「1947:第二次世界大戦の後」と題された大きなパネルには、痛々しい街の風景が写っています。自分のふるさとや暮らす街が、こんな風に変わり果ててしまったら、人は生きる力を失ってしまうのではないでしょうか。

ワルシャワ旧王宮の展示 ワルシャワ旧王宮の展示

復興計画は綱渡りの状態でした

しかし、ポーランドの人々は立ち上がりました。ワルシャワ旧市街を復興させよう。美しかった街並みを。それも“レンガのひび割れひとつに至るまで”緻密に復元しよう! 戦後のポーランドは社会主義国家となっていたため、ワルシャワ旧市街の復興についても、ソビエト的なスターリン様式の街並みに一新して作り替えるという計画が出ていました。もしもこの計画案が通っていたら、ワルシャワ旧市街は永遠によみがえる機会を失ってしまったでしょうね。では、誰がどのようにして、昔どおりの街を再建したのでしょうか? (後編に続く)

旧王宮は復元工事の最後に復元されました 旧王宮は復元工事の最後に復元されました