なぜ古代集落は丘の上にあったのか?

ギマランエスの近郊に「シターニア・デ・ブリテイロス」という集落遺跡があります。ポルトガル北部からスペイン一帯にかけて、このような集落遺跡が存在すると言われていますが、そのなかでもここは2500年ほど前までさかのぼる、イベリア半島最大のケルト人の集落遺跡だと言われています。紀元前9世紀頃の青銅器時代の終わりからローマ時代にかけて、イベリア半島の北西部では「カストロ文化」と呼ばれる集落建築が数多く存在しました。カストロとは「要塞」という意味です。敵を見張るために丘の上に建設された集落形態で、それがポルトガルなどにある丘の上の要塞都市の原型になったと考えられています。

丘の上の古代集落はケルト遺跡だった 丘の上の古代集落はケルト遺跡だった

集落遺跡はどれほどの規模があったのか

シターニア・デ・ブリテイロスは全体で24ヘクタールという広大な広さで、防御用の城壁が3重4重にめぐらされています。ここに攻めいることは簡単ではなかったでしょう。集落の面積は約7ヘクタールで、いくつかの通りに分断された大小のブロックに、おおよそ100世帯の住居が確認されています。およそ500人以上は住んでいたでしょうか。2500年も前の遺跡ともなると、さすがに生活の痕跡から生々しさは消え去っていて、まるで集落の化石のようにも見えます。しかし、その規模から考えると、かなりのにぎわいがあったであろうことは容易に想像がつきます。

巨大な遺構と美しい土器

集落の中の通りを歩くと、その両脇に円形に残った住居の基礎跡が見えます。大きいもので直径10m以上はあるでしょうか。かなり巨大な建物であったことがうかがえます。丘の上から麓の町や畑を見渡すと、古代の人々がここから外敵を見張っていたのだろうと思わずにはいられません。遺跡のある丘を下ると、遺跡から発掘されたものを展示した小さな博物館があります。ここに展示された土器は、素朴ではあるものの、丁寧に文様を施した道具で、それほどに美しいものが造られ、使われた古代ケルト人の生活だったのですね。