難工事だったバイカル迂回線

列車は次の目的地イルクーツクへ近づいていきます。すると右側の車窓から真っ白に凍結した湖が見えてきました。バイカル湖です。深さ1600m。世界で最も深い湖として有名なバイカル湖は、鉄道を造る際に最も難工事だったことで知られています。鉄道ができる前は船で渡っていました。しかし、冬は厚い氷が張るので船は運航できません。それで氷の上に線路を敷いたこともあったそうです。1年を通して大量の物資を運ぶためにはどうしても鉄道が必要でした。それでこのバイカル迂回線と呼ばれる260kmを、約3年かけてようやく造りあげたのです。ここができることで全シベリア鉄道が開通することになりました。

シベリアの大地を駆け抜けるシベリア鉄道9300kmの大旅行(その3) シベリアの大地を駆け抜けるシベリア鉄道9300kmの大旅行(その3)

シベリアのパリ、イルクーツク

バイカル迂回線を通って列車はイルクーツクに到着しました。ここでシベリア鉄道の約半分を来たことになります。小さな村と荒野ばかりを走ってきたので、イルクーツクは大都会に見えます。20世紀初頭ここは「シベリアのパリ」と呼ばれました。もともと中国や東シベリア各地から運ばれてくる物資の中継地として重要な街でしたが、19世紀になると金鉱が発見されてゴールドラッシュとなり、さらに流刑地になってロシア帝国に叛乱を起こした貴族や将校が政治犯としてここにやってきました。そういった政治犯たちがイルクーツクに文化をもたらしたのだそうです。

昔と変わらないバイカル湖畔の風景

イルクーツクには19世紀に建てられたレンガ造りの建物が残る一方で、第二次世界大戦で抑留された日本人が建てた建物もまだ残っています。街路樹が並ぶ下を古い路面電車がのんびりと走り、モダンな建物と古いログハウスが同居した街並みはとても美しく落ち着きがあります。イルクーツク観光のハイライトはもちろんバイカル湖です。遊覧船に乗って湖をゆっくりとクルーズ。湖畔は木造の家が何軒か建ち並んでいますが、40年前の写真と較べても、ほとんど変化がないのには驚きます。シベリアは数十年で大きく変わるということはないのかもしれません。