風景が変わってくる西シベリア

イルクーツクを出発すると、次の目的地はいよいよ最終駅のモスクワです。そこまで3泊4日、約5200km。イルクーツクを出てしばらくすると、これまで見かけなかった風景が現れてきます。畑です。これまでは荒野ばかりでしたが、黒い土をした広々とした耕作地があるのです。それはいかにも肥沃な土の色で、ここ西シベリアはもう不毛のシベリアではありません。沿線に生えている木々もシラカバばかりではなく、太く背が高い木が混じり、村や町の規模も徐々に大きくなっていくのがわかります。

シベリアの大地を駆け抜けるシベリア鉄道9300kmの大旅行(その4) シベリアの大地を駆け抜けるシベリア鉄道9300kmの大旅行(その4)

針葉樹林の森を走り抜けてエニセイ川へ

翌日、列車はエニセイ川を渡ります。ここの鉄橋は1898年に建造されたもので、今でも現役です。イルクーツクからエニセイ川までを「明るいタイガ」といいます。落葉針葉樹が主体なので、落葉すると日が差し込んで森が明るくなるのです。エニセイ川を越えると「暗いタイガ」といい、常緑針葉樹が主体のうっそうとした森林地帯になります。このあたりの鉄道敷設も難事業で、3万人を投入しても人手が足らず、囚人を徴発して工事に当たらせたそうです。これがシベリア初の囚人労働者で、この成功でシベリア鉄道の建設には大量の囚人が工事に駆り出されることになったといわれています。

シベリアの街の栄枯盛衰

モスクワまであと4000km足らずのところに、幅が200mはありそうな大きな川を渡ります。地図を見ると、ロシア最長の大河オビ川の支流の支流のそのまた支流です。この少し先に、タイガという小さな駅があり、そこから支線がトムスクという街に伸びています。実はシベリア鉄道ができるまでトムスクはシベリアの中心地でした。それがシベリア鉄道の支線沿線の街になって没落し、本線沿線の街として新しく建設されたノボシビルスクにその座を取って代わられてしまうのです。ノボシビルスクとは「新しいシベリアの街」という意味です。そういう栄枯盛衰がシベリアの街でもあったのですね。