バルセロナにいたもう一人の天才建築家

バルセロナを訪れる人のほとんどは有名なガウディの建築、サグラダ・ファミリア大聖堂やグエル邸などが目当てです。しかし、実は天才ガウディの影に隠れたもう一人の天才建築家が同時代にいたことをご存知でしょうか。その建築家はドメネク・イ・モンタネール(1850〜1923)。モンタネールの建築はバルセロナにいくつも残っていますが、ガウディほどの注目を浴びることはありません。なぜそのようなことになったのでしょうか。モンタネールの建築の見る前に、バルセロナの歴史をちょっと見てみましょう。

ガウディの影に隠れた天才建築家モンタネールの建築を見に行こう(その1) ガウディの影に隠れた天才建築家モンタネールの建築を見に行こう(その1)

モデルニスモ建築の時代

バルセロナの歴史を見ると、ガウディの建築がモデルニスモと深い関係にあったことがわかります。モデルニスモとは、簡単に言えばスペインのカタルーニャ版アールヌーヴォーです。19世紀末の芸術運動で、建築のみならず家具や装身具まで製作しました。有機的なうねりを持つ独特のデザインをご覧になった方も多いことでしょう。この頃、スペインは他のヨーロッパ諸国に先駆けて産業革命を終え、カタルーニャは繁栄を極めていました。そのアールヌーヴォーがカタルーニャに入ってきてモデルニスモとなって独自の展開を見せます。それを代表する建築家だったのがガウディとモンタネールだったのです。

対極的だった二人の天才建築家

当時はモンタネールのほうが有力な建築家として名声が高く、むしろガウディは日陰の存在でした。モンタネールは裕福な家に生まれ、高い教育を受け、長じて郷土愛が強く、リーダーシップもあり、顔が広く、人望も厚く、政治的な駆け引きも上手という非の打ち所のない人物でした。一方ガウディは、貧しい家に生まれ、学校の成績もいまひとつ。人付き合いも悪く、政治なんかまるでダメ。まったく正反対の人生を歩んできた二人だったのです。それがわずか100年あまりで評価さえも正反対にひっくり返ってしまうのですから、歴史というのはわからないものです。さて、それではモンタネールの建築を見に行くことにしましょう。(その2に続く)