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天才建築家ガウディを支えた実業家グエルとは? 2人のコラボ作品を見て回る(その5)


ユニークな造りで世界遺産にも登録

半地下だが、ステンドグラスからの採光が美しい、世界遺産のコロニア・グエル教会 半地下だが、ステンドグラスからの採光が美しい、世界遺産のコロニア・グエル教会

「天才建築家ガウディを支えた実業家グエルとは? 2人のコラボ作品を見て回る」その4からの続きです。1908年、グエルの依頼から10年経ち、ようやくコロニア・グエル教会の建設を始めたガウディですが、1914年にはサグラダ・ファミリアに専念するために、ガウディはプロジェクトから手を引いてしまいます。その段階で完成したのは半地下階だけでした。グエルはガウディが降りた段階で計画を中断させたため、ここは珍しい半地下の教会です。しかしそれが逆に不思議なムードを作り出し、今ではガウディの傑作のひとつとして知られています。これも世界遺産に登録されています。

コンビを解消し、サグラダ・ファミリアに専念することに

この頃には、数々の名建築もあり、グエルとガウディの名は国際的に知られるようになっていました。長年続いたコンビですが、グエル公園の失敗とガウディがサグラダ・ファミリアに専念するために他の仕事から手を引き、1914年、コンビは自然消滅することになりました。1914年はヨーロッパでは第一次世界大戦が勃発した年。中立国だったスペインですが経済が停滞し、世の中には暗いムードが漂います。ガウディも60代に入り、最後の仕上げを考えていたのでしょうか。

愛する者たちの死

また1906年、現グエル公園内に父と姪と移り住んだ直後に父が亡くなり、1912年には残った姪も亡くなります。ガウディは生涯独身で家族がいなくなり、孤独からか信仰にのめり込んでいくようになります。そんな中の1918年、盟友であったグエルも、グエル公園内の家で亡くなります。72歳でした。ガウディはその臨終の場に立ち会ったと言います。1925年にはグエル公園の家を出て、サグラダ・ファミリア内のアトリエに移り住むようになります。そしてその翌年の1926年、路面電車に轢かれた傷がもとでガウディは亡くなります。74歳でした。

2人のコラボ作品、おすすめは?

芸術を愛した実業家グエルと天才建築家ガウディのコラボは、グエルの家族に依頼されものも含めると10作品あるといいます。今回紹介したのは代表的な5つで、そのうちの3つが世界遺産に登録されています。グエル邸とグエル公園は市内にあり行きやすいのですが、個人的には、郊外にあるコロニア・グエル教会が好きです。スペイン広場駅からコロニア・グエル駅までは鉄道で約20分。簡単に日帰りができるので、同じ近郊線で行けるモンセラットと合わせていくといいでしょう。それでは、バルセロナに行ったら、ガウディとグエルという2人のコンビが生んだこれらの名建築群を見に行ってくださいね!

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2018/08/15)

※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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