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海外現地発ガイド通信

アラブ時代の大都市メディナ・アル・サウラを探求


掲載日:2008/11/28 テーマ:遺跡 行き先: スペイン / コルドバ

タグ: すごい! 遺跡 歴史


112ヘクタールを要する大都市

町の上部。上職層の住居や、公共の建物があった 町の上部。上職層の住居や、公共の建物があった

コルドバ市内から西に5キロほど行ったところにある、MADINAT AL-ZAHRA(メディナ・アル・サウラ)は、112ヘクタールを要する5世紀のアラブ人時代の都市跡である。西暦936年から940年の間に建設が始まったとされているこの都市のたった10%だけが、現在発掘され、修復されているというから、本当に大都市だったようだ。また、モレナ山脈のふもとに面しているという条件から、その街のつくりは段々になっている。

身分によって住む場所が決まっていた

メスキータ(モスク)や王宮があるコルドバ市内からは、かなり離れた距離にある メスキータ(モスク)や王宮があるコルドバ市内からは、かなり離れた距離にある

土地の高さの高いところは、身分の高い人、低いところは一般市民と、居住区の場所は決まっており、上部からカリフ(イスラム国家の最高権威者のこと)の宮殿、大臣たちの住居や警備隊、市役所等の公共の建物、一般市民の住居の順となっていたそうだ(一般住居は、まだ掘り起こされていない)。街全体には、上下水道が完璧に完備されていたというから、すばらしい。アラブ人にとって、水はいかに重要だったかということがわかる。

圧巻!アブド・アッラフマーン3世の大広間

アブド・アッラフマーン3世の大広間の入り口 アブド・アッラフマーン3世の大広間の入り口

この街で見所であるのは、SALON DE ABDERRAMAN III(アブド・アッラフマーン3世の大広間)であろう。この大広間は、953年から957年の間に建てられ、大使要人が来た際や、ラマダンの際のお祭り、いけにえの儀式等に利用されたそうである。壁には、ATAURIQUE(アタウリケ)と呼ばれる大理石に細かい花模様の彫刻がほどこされ、それが格天井まで続いている。これは実に見事で、当時のカリフの権力が十分想像できる。閉館時間の30分前には閉まるので、時間を気にして見学していただきたい。

カリフの勢力

アーチとアタウリケのすばらしさは、訪問者を魅了する アーチとアタウリケのすばらしさは、訪問者を魅了する

また、入り口に近い、EDIFICIO BASILICAL SUPERIOR(宮殿の行政部門を司っていた場所)の外回りやGRAN PORTICO(大回廊)も、比較的きれいに残っているので、要チェックである。この町は、カリフがその勢力を誇示し、また、当時の北アフリカのイフリーキヤ(現在のチュニジア周辺)にあった、ファーティマ朝を敵視するために造られた町だといわれている。本当に、それらのためだけに建設されたとすれば、カリフの気まぐれな行為であるが、それだけ権力と資金があったという証拠でもある。情報が溢れ、統率することが難しい現代では、考えにくいことだ。

【関連情報】

■ CONJUNTO ARQUEOLOGICO MADINAT AL-ZAHRA(メディナ・アル・サウラ考古学帯)
住所:CTRA. PALMA DEL RIO, KM. 8. CORDOBA
電話:957-32 91 30
HP:http://www.juntadeandalucia.es/cultura/museos/CAMA/?lng=en
入場料:無料
時間:3月1日より9月15日まで 火−土 10:00 - 20:30、日祝 10:00 - 14:00
9月16日より4月30日まで 火−土 10:00 - 18:30、日祝 10:00 - 14:00
休館日:毎週月曜日
交通機関:行き:11時にコルドバのバスターミナルを発車
帰り:メディナ・アル・サウラ到着2時間後に現地から発車

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2008/11/28)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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