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海外現地発ガイド通信

天気のよい日は、ここでお茶を! マドリード、マヨール広場


掲載日:2008/04/11 テーマ:観光地・名所 行き先: スペイン / マドリード

タグ: 街歩き


発祥は、市場だった

雰囲気は、もちろん、歴史的にも重要な広場である 雰囲気は、もちろん、歴史的にも重要な広場である

マドリードの中心部にあるPLAZA MAYOR(マヨール広場)。ここは、古くは、現在のトレド通り、アトーチャ通り、また、その他の近郊の町の合流点として、PLAZA DEL ARRABAL(アラバル広場)の名にて栄えた。この場所に市場ができたのである。1561年にマドリードに都が移り、その後1580年に、フェリペ2世は、当時有名だった建築家JUAN DE HERRERA(フアン・デ・エレラ)に、その広場の改造を指示した。

何度も火事になった広場

晴れた日には、ここで食事をしたり、お茶をする人がいっぱい 晴れた日には、ここで食事をしたり、お茶をする人がいっぱい

広場は、これまで合計3回の火事によって被害を受けた。第1回目は、1631年。そして、第2回目は、1670年。そして、第3回目は、1790年である。最初は、JUAN DE GOMEZ DE MORA(フアン・デ・ゴメス・デ・モラ)、第2回目は、TOMAS ROMAN(トマス・ロマン)、第3回目は、JUAN DE VILLANUEVA(フアン・デ・ビジャヌエバ)の有名建築家が再建を行い、現在の形になっている。

さまざまな役目をしていた広場

さまざまな歴史を越えて、今は市民の広場となっている さまざまな歴史を越えて、今は市民の広場となっている

広場の中心には、JEAN BOULOGNEとPIETRO TACCAの作品である、フェリペ3世の銅像が立っている。広場は、町の商業的な役割だけでなく、闘牛や異端審問なども行われていた。また、広場の名前が、上記のアラバル広場よりマヨール広場となるまで、コンスティトゥーシオン広場、レアル広場、レプブリカ広場と何度も名前を変えられたが、スペイン内戦終了後、マヨール広場という名前に落ち着いた。広場自体も、何度も名前を変えられ、落ち着かなかったに違いない。

広場は魅力がいっぱい

いろんな芸術家がいっぱいの広場。さすが芸術の国である いろんな芸術家がいっぱいの広場。さすが芸術の国である

広場は現在、観光客や地元の人たちが食事や、お茶を飲みに訪れる広場となっている。天気のよい午後、お茶をするには、もってこいの場所である。また、広場内には、ドンキ・ホーテとサンチョ・パンサ等、さまざまな変装をして立っている芸術家たちがいて、とても楽しい。写真を撮るのには、お金を払わないといけないが、こんな芸術家も日本では見られないので、いい機会かもしれない。クリスマスの時期には、ここにクリスマス・マーケットが出る。

【関連情報】

■ PLAZA MAYOR(マヨール広場)
場所:PUERTA DEL SOL(ソル門)の南西
バス:3, 25, 39, 148番
地下鉄:2, 5番 OPERA(オペラ)駅                      

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2008/04/11)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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