西洋絵画はどこから来たのか?

西洋絵画の起源は、いつなのでしょう? フランス中部のヴィゼール渓谷では先史時代の壁画が見られます。これが有名なラスコーの壁画で、野生の牛や馬、鹿など素朴な絵が描かれています(現在見られるものは複製ですが)。その後は、いつでしょう? 古代エジプト時代に、王の肖像画を真横から描いたものがありますね。そしてギリシア・ローマ時代のフレスコ画やモザイク画。フレスコ画は建物の壁などに直接描くもの、モザイク画は石を細かく砕いて貼り合わせたものです。そしてモザイクが徐々に華美なると同時に、キリスト教を受容して、それまでの動植物や人々の生活を彩る風景から、キリストやマリア像、聖人を描くイコン画に移って行きます。しかし8〜9世紀にかけて偶像崇拝禁止の波が押しよせると、イコン画も禁制の対象となり、絵画は一時期、歴史の中で影をひそめるのでした。

プラド美術館の玄関とゴヤの銅像 プラド美術館の玄関とゴヤの銅像

プラド美術館では11世紀からの西洋絵画が観られる

ところが9世紀に半ばになると、ビザンツ帝国によってイコン画が認められます。そして教会ではより積極的な布教の目的で、フレスコ画による宗教画が描かれるようになっていくのです。プラド美術館では、11世紀のものから見られます。0階(日本の1階)にある展示室の一つは教会のようになっており、薄暗い中で素朴な宗教画を鑑賞できます。なんだかとってもホッとする絵です。まだ大きい窓が作ることができなかった教会内で、ろうそくの明かりで、当時の人は見たのでしょうね。絵画によって宗教を理解し、受容する気持ちがわかるような気がしてきます。そして時代が下るとヒエロニモス・ボスの「七つの大罪」など、ちょっと恐ろしげな宗教画が生まれます。人の心の中にある罪を暴きだすのです。しかしボスは「快楽の園」を描くことで、天国のような世界観も同時に表しています。この画は必見です。

宗教画から肖像画へ、そして風景画が始まる

ボスの弟子ブリューゲルの「死の勝利」もえぐいですねえ。恐いもの見たさです。こうした絵画はキリスト教会の庇護のもとに育ってきます。フラ・アンジェリコの「受胎告知」は美しく、エル・グレコの「三位一体」は当時の宗教関係者から絶大な支持を得たとか。やがては宮廷画家が誕生、ベラスケスの「バッカスの勝利」のようなギリシャ神話に材を取った作品や、ラファエロ・サンティ「枢機卿の肖像」にあるような肖像画が生まれてくるのです。フランシスコ・デ・ゴヤの「着衣のマハ」、「裸のマハ」は、肖像画からも一歩抜け出し、ヌードという禁制に取り組んだ作品となりました。話が前後しますが、ゴヤより少し前の17世紀から、宗教画が禁じられていたオランダで風景画が発達、19世紀後半に生まれた印象派へと、絵画の方向性が示されていたのです。西洋絵画とは本来何だったのか? プラド美術館に行けば、自ずとその答えが見えてきます。