ゴヤの代表作『マドリード、1808年5月3日』が生まれる

「スペイン3大画家のひとりゴヤの生涯と作品から、当時の社会背景を知る」その3からの続きです。もう1点は、有名な『マドリード、1808年5月3日』あるいは『プリンシペ・ピオの丘の虐殺』と題されたもので、市民の暴動を鎮圧したフランス軍が逮捕者を銃殺した事件を描いたものです。日本でも世界史の教科書によく掲載されているので見たことがあるでしょう。右側の銃殺隊は暗く闇の中に配置され、「死」をイメージさせています。対照的に左側の殺される者たちには光を当て、その表情をはっきり映し出して「生」を感じさせます。なかでも中央の両手を広げた白いシャツの男は、手に聖痕があることから「キリスト」を象徴していると言われます。名作ですが、フランスから戻った国王フェルディナンド7世は反動的な専制君主で、民衆を力強く描いたこれらの作品を好まず、公開しませんでした。現在、これらの2作品もプラド美術館で見ることができます。

『マドリード、1808年5月3日』あるいは『プリンシペ・ピオの丘の虐殺』(プラド美術館収蔵) 『マドリード、1808年5月3日』あるいは『プリンシペ・ピオの丘の虐殺』(プラド美術館収蔵)

ゴヤの作品ではなかった『巨人』

この頃に描かれ、ゴヤの代表作とされていた『巨人』ですが、2009年になり収蔵しているプラド美術館が、「これはゴヤではなく、彼の弟子が書いた可能性が高い」と公表しました。この『巨人』も、「ナポレオンの侵攻に立ち向かうスペイン市民のシンボル」として、教科書の常連となっていた作品ですが。ただし、作品自体が素晴らしいことは確かなので、プラド美術館に行く機会があれば鑑賞してください。このころゴヤの妻が亡くなり、1815年、40歳以上年の離れた家政婦とゴヤは同棲生活を始めます。ゴヤは69歳でした。有名な「自画像」(王立サンフェルナンドアカデミー収蔵)もこの頃描かれます。人生の黄昏を迎え、顔は憂鬱な表示に包まれています。

『巨人』(プラド美術館収蔵) 『巨人』(プラド美術館収蔵)

作風が徐々に暗くなっていく時期の代表作『鰯の埋葬』

やはりこの頃に描かれた代表作『鰯の埋葬』(王立サンフェルナンドアカデミー収蔵)は、マドリードで行われているカーニバルを描いたものですが、集団的な狂気さえ感じさせる仮面をつけた民衆の不気味な雰囲気が漂っています。次々と政権が変わり、昨日の支配者が今日は裁かれ、明日には処刑される。そんな世の中に嫌気がさしていたのではないでしょうか。映画『宮廷画家ゴヤは見た』は、そんな時代に翻弄される人々を、ゴヤを狂言回しに描いた作品でした。ゴヤの作品を見る上での手助けになるので、機会があればご覧ください。監督は『アマデウス』の名匠ミロス・フォアマンで、彼の遺作となりました。(その5に続く)

●『宮廷画家ゴヤは見た』(原題Goya’s Ghosts)2006年 スペイン/アメリカ映画
監督:ミロス・フォアマン 出演:ハビエム・バルデム、ナタリー・ポートマン、ステラン・スカルスガルド

●王立サンフェルナンド美術アカデミー Real Academia de Bellas Artes de San Fernando
[住所]Alcala 13 [電話] +34 915 24 08 64 [公式HP] ww.realacademiabellasartessanfernando.com/es
[開]火〜日曜10:00〜15:00 [休]月曜

『鰯の埋葬』(王立サンフェルナンドアカデミー収蔵) 『鰯の埋葬』(王立サンフェルナンドアカデミー収蔵)