トルコのギリシャ遺跡は実は必見なのです

現代のトルコはイスラム教の国です。ところがこの国は、鉄器を最初に使用したヒッタイトが興り、トロイ文明が隆盛し、ギリシアの植民都市がエーゲ海沿いに建設され、ヘレニズム時代にギリシャ風文化が流入しました。次いでローマに支配され、キリスト教を受容し、ビザンチン帝国として千年以上栄えた後で、オスマントルコに征服されて、イスラム国家になったのです。それ以来500年以上の月日が流れていますが、エーゲ海沿いの各町では、ギリシャ・ローマ時代の遺物に圧倒されるのでした。中でも必見なのは、ベルガモンとエフェソスの遺跡で、とくにエフェソスでは、古代から続く人類の信仰の流れが、手に取るようにわかるから面白いです。

これはすごい! トルコで見るギリシャ時代のマリア様 これはすごい! トルコで見るギリシャ時代のマリア様

アルテミス女神がエフェソスのシンボルだった

エフェソスには紀元前2000年頃から集落があり、紀元前1000年「デルフィの神託」で居住地を移したことで町が拡大、発展していきます。その中心に位置づけられたのがアルテミス神殿です。世界七不思議に数えられたほどの大神殿でした。それはエジプトのピラミッドよりも巨大だったと書き残されているのです。ではアルテミスとは何者か? アポローンと双子のギリシャの月の女神です。もともとこの地には、大地の母たる「キベレ」信仰があり、時代の変遷とともに、キベレがアルテミスに姿を変えたのでした。エフェソス考古学博物館には大理石でできたアルテミス女神像が何体も展示されています。それを初めて見た時、僕は息をのみました。なんという想像力なのでしょう。その胸には乳房とも卵ともつかぬ膨らみがいくつも付いているのです。まさに豊穣と多産の女神。神殿内には15メートルもの高さのアルテミス女神像が祀られていたそうです。

エフェソスは地母神信仰の接点だった

しかし古代ローマ帝国に支配され、キリスト教が受容されると、アルテミス信仰は徐々に薄れ、アルテミス神殿も破壊されたまま再建されることはなく、石材だけが新しい建物に流用されました。現在では柱を1本残すのみで、天辺でコウノトリが巣を作っています。今に残るエフェソスの遺跡は、小アジア一の広さを誇り、かつてこの町にエジプトのクレオパトラが船で訪れた話を聞くと、身震いしてしまいます。そしてこの近くに聖母マリアの家があるのです。晩年のマリア様が住まわれたとか。キベレからアルテミス、そしてマリア様へとつながっていく地母神信仰の接点がエフェソスだったのです。首都アンカラにあるヒッタイト考古学博物館を訪れると、ヒッタイト時代のキベレの土偶が展示されています。そちらも併せてご覧ください。人類の信仰のかたちが、一本の線上に見えてきます。