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海外現地発ガイド通信

アリストテレスも滞在した古代ギリシャの文化都市アソス


掲載日:2021/02/10 テーマ:遺跡 行き先: トルコ / チャナッカレ

タグ: 絶景 珍しい 歴史


紀元前6世紀というとてつもない大昔に建設されたアテナ神殿

残っている柱も少なめで、ちょっと寂しげなアテナ神殿に心を打たれる 残っている柱も少なめで、ちょっと寂しげなアテナ神殿に心を打たれる

古代遺跡が至る所に存在するトルコではあるが、アソスほど絵になる場所はそう多くないであろう。アクロポリスの丘は他の遺跡と比べると小さく、ここで見学するものはアテナ神殿くらいだ。アゴラ(公共空間)や劇場は海側の下方にある。そこへ行くには一度村へ戻って道をぐるっと回り、くねくねと坂を下って行かねばならない。それ故に殆どの人はアクロポリスを見学したら帰ってしまう。そんなアソスだが、アクロポリスの丘から見下ろすエーゲ海がこの上なく美しく、ポツポツと柱が残るアテナ神殿の表情に風情を感じる。数ある遺跡を訪ねる中で、非常に印象深いアソスである。その歴史は古く、古代ギリシャ時代の紀元前7世紀頃に設立されている。紀元前360年頃から地元の有力者エウブロスの領地となり、家臣のエルミアスがアソスを受け継いだ。紀元前3世紀半ばからローマ帝国に支配されるまでペルガモン王国の一部に属していた。

アソス遺跡の目玉、アクロポリスの丘

アクロポリスの入口を入ると岩山が聳え、神殿はこの岩山の上にある アクロポリスの入口を入ると岩山が聳え、神殿はこの岩山の上にある

アクロポリスはベフラム村の高台、234mの岩の上にある。村から登って行くと、道の両側に土産物店が並んでいて結構賑やかだ。海が近いためか貝殻細工などが多いが、たまに垢抜けた小物を売っている店もある。やっと遺跡の入り口に辿り着いたが、そこからはまだ神殿跡が見えない。無造作に散らばっているごつごつした石の間を登って行くと、下の方に紀元前4世紀頃から徐々に築かれていった城壁跡が見えた。城壁は途切れ途切れだが、かつては3キロに渡り丘の下のアゴラや評議会場、劇場を含めて海の方まで続いていた。アクロポリスの丘は小さいが、アソス全体はかなり大きな都市だったようだ。城壁の西側外にあるネクロポリス(墓地)は現在も保存されている。これらの遺跡のさらに下に、エーゲ海が広がっている。小さな漁港に小舟が停泊し、岸壁には可愛らしいレストランが並んでいるので是非立ち寄りたい。エーゲ海もアソスを印象付ける大きな要素になっている。

かろうじて残る柱、崖の向こうはエーゲ海

真っ青なエーゲ海の右手に見える島はギリシャ領のレスボス島 真っ青なエーゲ海の右手に見える島はギリシャ領のレスボス島

やっとアテナ神殿跡が姿を現す。紀元前6世紀に建てられており、そんなに古いものを見ることができるなんて奇跡に近い。神殿の前に模型が作られていた。柱は古代ギリシャ建築初期のドーリア式で、トルコの遺跡では珍しいとのこと。つまり、それほど古いということだ。模型には6本の柱が13列もあり、立派な神殿だったことが伺える。さすがに今は大きな柱と小さな柱の一部が残っているだけで、それらは部分的に新しくなっている。つぎはぎだらけに修復された、この修復具合のバランスが絶妙にいい。神殿のほかはこれという建物はなく、ローマ時代に建てられた塔の下の部分だけが残っているくらいだ。南側へ行ってみると、そこは崖っぷち。眼下にエーゲ海の雄大な風景が広がっている。目の前のレスボス島はギリシャ領で、対岸にあるミティムナの町が霞んでいる。真下にはアソスの漁港が辛うじて見えるなど、実に美しい。

アリストテレスがここに哲学の学校を創設した

アクロポリスの平らな丘の上にはアテナ神殿遺跡のほかに特に目立った建物はなく、大きな石が半ば埋もれたままの状態になっている アクロポリスの平らな丘の上にはアテナ神殿遺跡のほかに特に目立った建物はなく、大きな石が半ば埋もれたままの状態になっている

アクロポリスから戻る途中、ベフラム村にアリストテレスの石像が立っていた。「万学の祖」と呼ばれる、あのアリストテレスである。何故、ここに像があるの?と驚いたが、実は紀元前4世紀にアソスを支配していたエルミアスとは親友だったそうだ。エルミアスとアリストテレスは共にアテネのアカデミーでプラトンに師事し、そこで友好を深めた。アリストテレスは20年近くアカデミーで学び、時には教壇にも立っていたが、プラトンが亡くなるとアテネを去る。その頃アソスの領主になっていたエルミアスからアリストテレスは招かれ、紀元前347年から2年間ほどアソスに滞在していた。彼はエルミアスと共に哲学の学校をアソスに創立している。こんな所にアリストテレスが来て、しかも学校を創立したなんて信じ難い。きっと想像もつかないほど当時は反映していたのだろう。そして美しいアソスは2年も滞在するほど魅力的だったに違いない。それは眼下のエーゲ海と遺跡のアテナ神殿が語っている。

データ

ベフラム村に立つアリストテレスの石像 ベフラム村に立つアリストテレスの石像

アソス遺跡
Assos Orenyer

住所: Behramkale Village
電話: +90 286 721 7218
開館時間:3月半ばから10月半ばまで 10:00〜18:30
     10月半ばから3月半ばまで 09:00〜17:00
入館料:25トルコリラ

 

※記事は掲載日時点での情報であり変更されている可能性もあります。ご了承下さい。(掲載日:2021/02/10)
※旅行前には必ず、外務省の海外安全ホームページで訪問地の安全情報についてご確認ください。
※この記事はガイドレポーターの取材によって提供された主観に基づくものであり、記事は取材時時点の情報です。
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