アジアをさまよった末に辿りついたイスタンブール

今から20年ほど前、僕はアジアをさまよっていました。タイからインド、パキスタン、イラン、トルコと陸路で進み、イスタンブールで金が底を尽きかけました。そこで就活です。イェレバタン地区のホテル「モラ」や日本人のたまり場絨毯屋「ユーリック」には大勢のバックパッカーがいました。学者、作家、画家、漫画家、イラストレーター、学生、脱サラ社会人など多彩です。人生をどうするかで悩みつつも、色々な人とのおしゃべりするのは楽しい毎日です。そのうち、ユーリックの経営者アルパッサンが、「うちで働けば」と言ってくれたのです。まさに渡りに船でした。僕の仕事は店番。「あなたの場合、店番というより、用心棒みたい」と言ったのは、年上のデザイナーの女性でした。

「ユーリック」のある建物 「ユーリック」のある建物

すっかりお世話になったユーリック

三十歳を目前にしても、僕のフラフラ癖は治らず、気持ちは定まらないままでした。店を経営するアルパッサンとハッサンの兄弟は、こんなフラフラしている僕でも、給料をだし、何かと気遣ってくれます。朝は近所から味の濃いチャイが運ばれ、ハムとチーズをはさんだホットサンドをいただきます。ランチは「ピデ」。薄いトルコ風のピザです。トマト味とミンチ肉が載ったシンプルなもので、「トルコがピザ発祥の地だよ」とは、アルパッサンの話です。なんでもトルコが一番だと言いたがる癖かと思いましたが、どうやら正しいとする説もあるようですね。夜は、魚レストランなどへ連れていってくれます。自ずと絨毯に詳しくなっていきますが、まさか絨毯屋になる気は毛頭ありませんでした。

人生を変えた一杯のスープ

イスタンブールに木枯らしが吹く季節になった頃、アルパッサンが、僕をあるレストランに連れていってくれました。店内奥にある鍋では、白濁したスープが煮えたぎっています。スープの名前は「イシケンベ・チョルバス」。羊の胃袋をぶった切って煮込んだものです。たっぷりのニンニク刻みと唐辛子を振りかけて食します。「ウーン、やや臭い!」。しかしその臭みがまた旨い! こんなスープを食べたのは初めてでした。僕はスープを掻っ込むと、腹の底から力が湧いてきて、「ヨッシャー!」と、この時不意に作家になることを決意しました。それまで十年以上心の中で温めきた人生の夢、それに挑戦しようとハラを決めたのです。それから5年後、僕は作家デビューし、ユーリックは今では、宝石店とホテルも経営するまでに。僕の人生を変えたこのスープ、もし食べたかったら、ユーリックを訪ねてみてください。気持ちよくお店を紹介してるはずです。

最近は「ユーリック」の隣でホテルも経営している 最近は「ユーリック」の隣でホテルも経営している