ベネチアに持ち帰った略奪品はどこで見られる?

第4回十字軍・その2からの続きです。さて、観光で見られるこの第4回十字軍の痕跡を見てみましょう。当時のコンスタンティノープルはキリスト教の聖遺物の宝庫でしたが、それらの多くは奪われ、現在、ベネチアのサン・マルコ寺院の宝物庫などで見られます。この時の略奪品で有名なのは、サン・マルコ寺院の正面を飾る、4頭の青銅の馬でしょう。これはもともとコンスタンティノープルのヒッポドローム(戦車競技場)を飾っていたものですが、この時に奪われてベネチアに戦利品として運ばれました。この青銅の馬の数奇な運命に付いては、たびナレの別項「イスタンブールからベネチアへ。数奇な運命をたどった“4頭の青銅の馬”の歴史」に記したので、そちらも読んでみてください。

キリスト教徒が住むコンスタンティノープルを占領した第4回十字軍とは? その3 キリスト教徒が住むコンスタンティノープルを占領した第4回十字軍とは? その3

ベネチアにある「四人の皇帝」像

ほかには世界史の教科書に写真がよく使われている、ローマ時代にディオクレティアヌス帝が行った「四頭政治(テトラルキア)」を示す四人の皇帝像も、コンスタンティノープルから奪われたものです。これほど重要な像にも関わらず、ベネチアのガイドブックなどではあまり紹介されていません。場所は、ドゥカーレ宮殿の出口、広場側のサン・マルコ寺院のすぐ隣です。門の足元にひっそりあるので、見落とさないように! この第4回十字軍によるコンスタンティノープルの略奪を描いた絵画としては、1841年にフランスのドラクロワが描いた『コンスタンティノープルの陥落』が有名です。これはパリのルーブル美術館に収蔵されていますので、機会があったらチェックしておきましょう。

イスタンブールに残る十字軍の破壊の後

さて、今度は略奪を受けたコンスタンティノープル(現イスタンブール)へと行ってみましょう。イスタンブールの旧市街、ブルーモスク前にある広場は、ローマ〜ビザンツ時代には馬が引く戦車競争が行われるヒッポドローム(戦車競技場)でした。この広場にある「切石積みのオベリスク」は、いまでは石灰岩の切石が積んであるだけですが、第4回十字軍以前は「コンスタンティヌス7世のオベリスク」と呼ばれ、その表面を彫刻が施された青銅の板が覆っていました。しかし十字軍により青銅は全部引きはがされ、溶かされてしまいました。残念なことです。

イスタンブールを攻略したベネチア元首の墓

やはり現在、イスタンブールの観光名所として有名なアヤソフィア。その2階のギャラリーで一番有名なモザイク画「全能者イエスと洗礼者ヨハネ、聖母マリア」の前は、いつも観光客でにぎわっていますが、その向かい側の壁下に、第4回十字軍の影の実力者でベネチア元首のエンリコ・ダンドロの墓があるのは、ほとんどの人は知らないでしょう。この都を略奪した十字軍を操っていた張本人の墓なので、いまでは誰も顧みることもありません。しかし私たちは、アヤソフィアに行ったら、この墓を見て第四回十字軍のことを思い出してみるのもいいかもしれませんね。