イスタンブールを代表する世界遺産のモスク

トルコ有数の観光地、イスタンブールですが、ツアーの観光で必ず寄る場所があります。まずはスルタンが住んでいた「トプカプ宮殿」、ビザンチン建築の傑作「アヤソフィア(ハギア・ソフィア)」、そして通称“ブルーモスク”と呼ばれている「スルタンアフメット・ジャーミィ」です。このモスクがある場所は、旧市街の観光の中心部。かつてローマ時代に戦車競争が行われていたヒッポドロームの広場に面してあります。このモスクは町のシンボル的存在で、このあたりの地区はこのモスクの名前をとって「スルタンアフメット地区」と呼ばれているほど。世界遺産にも登録されています。

イスタンブールのランドマークともいえるモスク。ミナレット1本は改修中だった。 イスタンブールのランドマークともいえるモスク。ミナレット1本は改修中だった。

帝国の安定期に建立

イスタンブールには、有名な「シュレイマニエ・ジャーミィ」という同じような巨大なモスクがあるのですが、そちらの外観が「質実剛健」といった印象を受けるのに対し、こちらは「優美」と形容されることが多いモスクです。時代的には、シュレイマニエ・ジャーミィは、ウィーン包囲など対外戦争が多い帝国の拡張期の1557年に完成したためか、男性的な印象を受けます。一方、このスルタンアフメット・ジャーミィが建てられたのは、帝国が安定期に入った半世紀後の1616年。スルタン(皇帝)も戦場に赴くことがなくなった時代のせいか、外観も全体的に洗練された印象です。

このモスクの建設のみで記憶される皇帝

このモスクを建てたオスマン帝国のスルタンは、第14代皇帝のアフメット1世です。彼は父のメフメット3世が暴飲暴食のため若くして亡くなったので、13歳で即位しました。その前から無能な皇帝が続き、政治の実権も宰相たちが行うなどしていたため、このスルタンも歴史上で大した実績は残していません。その上、このアフメット1世も27歳でチフスで亡くなると在位期間もそれほど長くなく、「スルタンアフメット・ジャーミィ」というこのモスクの名前で後生に記憶されるぐらいでしょう。ブルーモスクの設計を担当したのは、オスマン帝国随一の名建築家ミマール・スィナンの弟子のメフメット・アーです。(その2に続く)