タワーといっても、たくさんの塔と城?

ロンドンの観光名所の一つにあげられる「ロンドン塔(タワー・オブ・ロンドン)」。塔という名がついていますが、東京タワーやエッフェル塔のようなものを想像して行くと、さぞ驚かれるでしょう。正式名称「女王の宮殿にして要塞」の方が、その複雑なモニュメントをよく表現しています。時代によって要塞、宮殿、牢獄、造幣所と目的を変えてきたこの場所は、イギリスの歴史が詰まっています。場所は、跳ね橋で知られるタワーブリッジのたもと、テムズ河沿いに建っています。

見所多すぎの世界遺産ロンドン塔。短い日程なら、いいとこだけ観光したい。その1 見所多すぎの世界遺産ロンドン塔。短い日程なら、いいとこだけ観光したい。その1

ロンドン塔の歴史を知ってから、入館しよう!

中に入る前に、外周を歩きながら至る所に設置されたプレート板を読んでおきましょう。そこにはロンドン塔の歴史が日本語でも表記されており、知っておくと中での鑑賞が一層楽しくなります。始まりは、1076年からウィリアム征服王によって建設された要塞でした。目的はロンドン市民を支配し、外部の敵から守るため。ホワイト・タワーとよばれる当初からある建物は、敷地の中心部分にそびえています。塔内には甲冑や刀などが展示されており、江戸時代に日本から贈られた鎧もありました。

拷問道具の周りは、興味津々の観光客

注目は、13世紀から牢獄という新しい役割が始まったこと。投獄されたのは、王の意向に背いた者たちでした。テムズ河から小船に乗って入場した罪人たち、彼らがくぐった門「反逆者の門」が現在も残っています。そして、中へと足を踏み入れてしまった反逆者たちには、拷問が待っていることもありました。当時の様子が見られるのが、拷問道具を展示しているウェイクフィールド・タワー。それらをどう使うのかまで説明されていたので、怖いもの見たさについ解説を読んでしまいました。他の観光客たちも興味津々のようで、この辺りはかなり混雑していました。

嘘の罪で処刑されたアン・ブーリンの幽霊が出る?

身分によって処刑場は異なり、王族や王妃たちはタワー・グリーンで行われました。その傍には処刑台跡、亡くなった人が弔われたセント・ピーター教会もあります。当時は処刑場が城外にもあり、見世物として市民らは見にやって来たというのですから、当時の様子を想像すると少しゾッとします。また、タワー・グリーンで処刑された人物で、よく知られているのが、ヘンリー8世の妻アン・ブーリン。ロンドン塔で彼女の幽霊が出るとうわさなのは、嘘の姦通罪で処刑されたからでしょう。昼間ならまだしも、夜には訪れたくありませんね。(2へ続く)