「ペルシャ」に関連する現地ガイド記事

「ペルシャ」に関連する現地ガイド記事

ペルシャに関する現地ガイド記事を集めました。ペルシャの情報やイベント情報や今話題のグルメ、旬のおすすめ情報など季節ごとに現地での楽しみ方をご紹介します。あわせて気になる海外ツアーもご紹介!

エーゲ海に浮かぶトルコの島、夢のリゾート地、ボズジャ島

[2018/02/21] オキシマ・ヒロミ

ボズジャ島へはトロイの遺跡と同じ拠点地チャナッカレからバスでゲイクリという町へ。そこからフェリーで渡る。港は島の北東にあり、船が近づくと港の直ぐ上に堅固な城塞が見えてくる。島の歴史は古く、紀元前493年からペルシャ領になり、紀元前334年にアレクサンダー大王に征服され、その後紀元前146年にローマ領となる。城の建設年代は明らかでないが、13世紀半ばにヴェネチア共和国に支配されて建てられたとされている。1445年にオスマン帝国のメフメット二世に制圧され、16世紀にはダーダネルス海峡の入口を監視する… 続きを読む



オスマン時代のトルコブルーを再現したキュタフヤの工房

[2017/12/13] オキシマ・ヒロミ

トルコの陶器はその絵柄の素晴らしさでは、世界一ではないだろうか。曲線を駆使したペルシャ風の模様、幾何学模様、あるいはデフォルメされたチューリップやカーネーションの花模様、などなどパターンは限りない。トルコの陶器やタイルは最初、マルマラ海に近いイズニックで作られていた。器に適した良質の土が採れるということで、イズニックは陶器の町だった。最盛期を迎えた16世紀以降、イズニックでは材料となる土が枯渇し、次第に陶器産業は衰えていく。その代りとなったのがキュタフヤだった。ここで陶器に適した良質の土が発見さ… 続きを読む



海辺の邸宅『ヤル』で楽しむ、リッチなサンデーブランチ

[2017/05/09] Yeni

邸宅には、かつての家主“サイート・ハリム・パシャ”(1863-1921)の名前がつけられています。彼は、オスマントルコ帝国時代の宰相にまで上り詰めた人物です。当時のオスマントルコ帝国の領土だったエジプトのカイロで生まれ育ち、そこで特別教育を受け、アラビア語を始めペルシャ語、英語そしてフランス語を操り、やがてスイスの大学へ進学、卒業します。まさにエリートコース真っしぐらなのですが、宰相を退任した数年後の1921年、彼が58歳の時に、ローマでアルメニア系秘密政治結社員による銃撃に遭い、不幸な最期を遂… 続きを読む



古代ローマの遺跡ダラとネクロポリス

[2017/01/19] オキシマ・ヒロミ

アナスタシウス帝は長寿で知られ、518年に88歳で世を去った。跡継ぎがいなかったため、元老院は将軍ユスティヌスを皇帝に選ぶ。彼は目立った功績がなかったがその養子、527年に次の皇帝になったユスティニアヌス帝の時代にダラがもっとも繁栄した。ユスティニアヌス帝はコンスタンティノープル(現イスタンブール)のアヤソフィアを創建したことで知られる皇帝である。彼はダラの町を広げ、町を取り巻く市壁の強化をはかった。その一部は今日も見ることができる。現在のヌサイビンは当時ペルシャ領であったため、ダラは最前の砦だ… 続きを読む



ユーフラテス川の絶景、巨大要塞ルムカレ

[2016/07/14] オキシマ・ヒロミ

ユーフラテス川が360度弧を描いて流れていく、まるで半島の様に突き出た岩の上。その頂きに聳えているのは要塞跡のルムカレ(Rumkale)。その歴史はヒッタイト時代にまで遡り、アッシリア、ペルシャ、ローマ帝国などの支配によって受け継がれてきた。ルムとはローマ、カレは要塞、つまりローマの要塞だ。風雨にさらされて岩の塊のようになってしまったが、所々に城の名残を感じる。間近で眺めると巨大過ぎて、ただただ圧倒されるばかりだ。さぞかし難攻不落の砦であったことだろう。ここへ来るのに陸路はなく、ルムカレの南にあ… 続きを読む



 

このページでは海外旅行情報 エイビーロードに掲載されている「 ペルシャ」に関する現地ガイド記事を掲載しています。
海外旅行情報 エイビーロードは日本最大級の海外旅行検索・比較サイトです。