「ムハ、チェコ」に関連する現地ガイド記事

「ムハ、チェコ」に関連する現地ガイド記事

ムハ、チェコに関する現地ガイド記事を集めました。ムハ、チェコの情報やイベント情報や今話題のグルメ、旬のおすすめ情報など季節ごとに現地での楽しみ方をご紹介します。あわせて気になる海外ツアーもご紹介!

プラハで一番人気のカフェ、オベツニー・ドゥーム

[2018/01/17] 岸 博美

プラハを一気に効率よく観光するなら、まずはプラハ城まで行き、そこから城下町だったマラー・ストラナへ降りてくる。そしてカレル橋を渡って旧市街広場までやってくる、というコースではないだろうか。旧市街広場の仕掛け時計を見たら。その後はヴァーツラフ広場へ向かうか、あるいは歩行者専用のツェレトナー通りを散策するツーリストが多い。ツェレトナー通りを選んだ場合、道の終わりは共和国広場だ。左手に市民会館の華麗な建物が現れ、皆が記念撮影を始める。建物の美しさに目を奪われながらも気になるのが一階のカフェ、オベツニー… 続きを読む



まるで一つの小さな町であるかのようなプラハ城

[2017/10/10] 岸 博美

初めてプラハ城を訪れる人は、「これがお城?」とちょっと不思議に思うかもしれない。城というものは独立しており、建物が分かれているとしても武装した兵士が集まる「騎士の間」や城主の「謁見の間」などがある本館と、城主が家族と共に過ごす住居部分の2つくらいだ。ところがプラハ城の中には名前のある道や広場があり、かつては修道院や貴族の館、一般市民が住む小屋まであった。教会があるのは珍しくないとしても、通常は町の中心広場にある大聖堂までが城の中にあるのだ。プラハ城はヴルタヴァ川左岸の少し高い丘を覆うように東西に… 続きを読む



『スラヴ叙事詩』への導入となるプラハ市民会館「市長の間」

[2017/04/27] 岸 博美

日本ではフランス語のミューシャで知られるムハだが、彼は2つの名前で呼ばれるのが相応しい気がする。パリで活躍していた絵はミューシャで、人生の後半にチェコへ戻って描き始めた絵はムハ。こうして呼び分けるほうが良いのかもしれない。それくらい彼の絵は雰囲気が異なるからだ。有名な『スラヴ叙事詩』は50歳を過ぎてから17年の歳月をかけて完成された20点の連作である。これより前、ムハがチェコへ戻って間もなく手掛けたのがプラハ市民会館の中にある市長の間の装飾だった。この壁画や天井画を観ると、それまでのムハの画風と… 続きを読む



史上最大の連作『スラヴ叙事詩』を描いたムハの故郷イヴァンチッツェ

[2017/03/14] 岸 博美

ミュシャの名前で知られているアルフォンス・ムハはチェコのモラヴィア地方出身の画家である。パリで長らく活躍していたためフランス風にミュシャと呼ばれ、フランス人と思われることもしばしば。しかし彼はれっきとしたチェコ人で、1860年にモラヴィアの小都市イヴァンチツェで生まれている。ブルノから21Km南に位置する人口約9000人の地方都市。小さいながらも歴史的な町で、16世紀にモラヴィア兄弟団というフス派の流れをくむプロテスタント信徒団体がここで設立された。19世紀になると産業が栄えるが、現在は小さな静… 続きを読む



アルフォンス・ムハ(ミュシャ)の『スラヴ叙事詩』

[2012/10/13] 有賀みかる

淡くて優しい色使いと花や女性の美しいポスターで誰にも知られている画家のムハ(フランス語読みではミュシャ)、フランス人と思われていることが多いですが、実はモラヴィア出身のチェコ人。ベルエポックの時代のパリで活躍したアール・ヌーヴォーを代表するグラフィックデザイナーのイメージが強いムハですが、それらとは趣き異なる、有名な晩年の大作があります。フランス時代、その後のアメリカ時代を終え、故郷チェコへ戻ったムハが1912年から1926年にわたり、スラヴ人としてのルーツを見つめた20枚の作品『スラヴ叙事詩』… 続きを読む



 

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