「モスク」に関連する現地ガイド記事

「モスク」に関連する現地ガイド記事

モスクに関する現地ガイド記事を集めました。モスクの情報やイベント情報や今話題のグルメ、旬のおすすめ情報など季節ごとに現地での楽しみ方をご紹介します。あわせて気になる海外ツアーもご紹介!

世界遺産・ミマール・スィナンの自信作エディルネのセリミエ・モスク

[2017/07/28] オキシマ・ヒロミ

イスラム建築の巨匠といえば16世紀後半に活躍したミマール・スィナン。イスタンブールにあるスレイマニエ・モスクがスィナンの傑作と言われているが、このスレイマニエを凌ぐとされる作品がある。それはトルコの最西北にあるエディルネのセリミエ・モスクだ。エディルネはイスタンブールがオスマン帝国の首都になる前まで帝国の首都機能を果たしていた町なので立派な建物が多い。観光目的のツーリストが多いが、スィナン作のセリミエ・モスクを見ようと、そのためだけにエディルネを訪れる人もいる。ミマール・スィナンはオスマン帝国最… 続きを読む



トルコ最西端の町エディルネには見どころがいっぱい

[2017/07/02] オキシマ・ヒロミ

旧市街には見どころが多い。ユチュ・シェフェリ・モスクは4本のミナレットが、ねじり模様、ダイヤ模様、ストライプ、チェック、と高さも太さも模様も異なる非常に珍しいものだ。エディルネ最大の観光スポットはセリミエ・モスクだが、もう一つの目玉はバヤジット二世が建てた医学総合施設。町の北側、メリチ川の支流トゥンジャ川に架かるバヤジット橋を渡った所にある。1488年に建てられたもので、ここにモスクやハマム、そして神学校などもあったが、殆どが医療施設だった。医学や薬学を教える学校と病気の人が滞在できる場所があり… 続きを読む



バラの丘に保存されたイスラム修行僧ギュル・ババの霊廟

[2017/06/15] Hiromi

ハンガリーは1526年にモハーチの戦いでオスマントルコ帝国に敗れてから中央部がトルコに支配され、1541年に現在のブダペストはトルコ軍に占領された。それからおよそ150年間、オーストリアがトルコをハンガリーから追い出すまでハンガリーはトルコの支配下にあった。その間、町の教会はイスラム教のモスクに変えられ、トルコ的な施設が建設された。ハンガリー人にとってオスマントルコの支配は苦難の時代だったと思う。しかし占領した直後に亡くなったトルコの修行僧ギュル・ババの霊廟はトルコ支配が終わっても壊されることな… 続きを読む



エディルネのオイルレスリング

[2017/06/05] オキシマ・ヒロミ

エディルネはギリシャとの国境にあり、トルコでは一番西端の町だ。イスタンブールからはかつて鉄道で6時間かかった。ヨーロッパへ出て行く者は不安を抱きながらエディルネで国に別れを告げ、ヨーロッパから帰国した者はエディルネで安堵する。そんな国境の町だった。現在は高速バスでイスタンブールから僅か2時間半の距離。日帰りも可能になった。エディルネのある西北トルコはトラキア地方と呼ばれ、夏はヒマワリが畑や丘を埋め尽くす美しい地方。春にはトルコの国花であるチューリップも咲きそろう。オイルレスリング抜きでもエディル… 続きを読む



ハンガリー的な美を誇るマーチャーシュ教会

[2017/05/18] Hiromi

ブダは16世紀前半、オスマン・トルコの襲来によって陥落し、以後およそ150年間に渡ってオスマン・トルコの支配下に置かれた。そのときマーチャーシュ教会はイスラム教の礼拝堂となり、内部はモスクと化した。1699年にオスマン・トルコの支配が終わってモスクは再び教会に戻されたが、本格的な改修が行われたのは19世紀末のことだった。ハンガリーのアール・ヌーヴォーとも言われる当時としては斬新なインテリアで、教会らしくないとの批判もあった。現在の内装はその時のものである。第二次世界大戦と社会主義時代を経て修復が… 続きを読む



 

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