page top

出発エリアをに変更しました。

海外旅行の検索・比較サイト|エイビーロード
AB-ROAD

「コロナ」の見どころ情報

コロナに関連する見どころ・観光情報を掲載。あなたが探している条件にぴったりの見どころ・観光情報を検索できます。

わかりやすい! AB-ROADは全て燃油込の料金表示!


「コロナ」をお探しの方にピッタリの見どころ・ガイド記事はこちら

検索結果132

1 2 3 4 5 末尾 次へ


アメリカが感染者最多の国
  • テーマ:
  • エアライン・空港
新型コロナウイルス感染症の世界での状況も把握しておきたい。現在、感染者が多い国はアメリカ、インド、ブラジル、ロシア、フランスの順である(2020年12月)。重症者や死者の数が多かったり少なかったりするので、この順位だけで傾向を読み取ることはできない。ちなみに世界で人口の多い国は中国、インド、アメリカ、インドネシア、パキスタン、ブラジル、ナイジェリア、バングラデシュ、ロシア、メキシコ、日本の順である(日本は11位)。人口が多ければ感染者は多いだろうし、新興国では感染者の集計が難しい場合があると考えるべきかもしれない。また、発表される感染者数が信用できる数字かどうかという問題もあろう。しかし、海外旅行を趣味としていれば、感染者数の多い国にはそれなりの理由があることも気付くはずだ。

この記事の続きを見る


1885年に完成した『ジャガイモを食べる人々』は、農夫を数年間にわたり描き続けたヌエネン時代の集大成です。ゴッホは「ジャガイモを食べる人々がその手で土を掘ったということが伝わるように」描き、大地に根ざす労働者への尊敬を表現しました。
  • テーマ:
  • 美術館・博物館
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/オランダ/アムステルダム 
アムステルダムのファン・ゴッホ美術館で鑑賞できる作品とともに、炎の画家ゴッホが遺した魂の言葉をご紹介します。※「」で括られたものがゴッホの言葉です。「私は貧しい人を慰めたい」「私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい」16歳から勤めた画商を23歳で解雇された後、教師や伝道師として貧しい人々のために尽くしたファン・ゴッホは、つつましく働く人間の苦しみに同情し、彼らの心を慰める絵を描こうと27歳で画家になる決心をしました。生きとし生けるものへの愛を貫き、社会の常識や労働搾取の仕組み、体裁ばかりの宗教に抗うように、労働者の真情を描きました。「あなたの直観力と想像力を抑えてはならない。模範の奴隷になるな」「このまま行けと、私の中の私が命じるんだ」『ジャガイモを食べる人々』の完成から数ヵ月後、ゴッホは17世紀の巨匠ルーベンスを生んだベルギーのアントウェルペンに旅立ちます。描くことへの気力が日に日に満ちてゆく一方、ついに和解することもできず急逝した父親への悔恨の念を抱きつつ、1885年11月23日、32歳にして故国オランダへ永久の別れを告げました。

この記事の続きを見る


すっきりとした入口は、急足では見落としてしまいそうですが、それでも複数の人が足を止めて、看板を斜め読みしたり、ちょっとお店に立ち寄ったり。
  • テーマ:
  • グルメ
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/ドイツ/レーゲンスブルク 
このお店のオーナーは、バイエルン州のアンベルクという町に生まれ、レストランを経営していたキリアン・シューン氏。ニュージーランドとロンドンでチョコレート作りを学んだ後、再びアンベルクに戻り、チョコレートの専門店をオープン。あいにく、この原稿に間に合うようにインタビューすることが叶わなかったのですが、メールでやりとりをするにとても気さくな方です。住所を見ると、マクシミリアン通り。主要駅から真っ直ぐに伸びる、ちょっとモダンだけどちょっと寂れたイメージの通りです。ここに高級チョコレート店があるなんて似合わないなぁと心配したのですが、入り口は、落ち着いた中世の雰囲気が残る王様通り(Koenigsstrasse)側にあり、小さいけれど立派な店構え。正直、ちょっと安心しました。お店の入り口がある通りをしばらく観察していると、コロナ渦が蔓延する今、人通りは普段よりは少ない気がしますが、時々通り掛かる人が足を止めてお店を凝視し、また過ぎ去っていきます。そして、そのうち、誰かが店内へ足を運んで行きます。そんなこんなで、ほぼ休むことなく、お客さんがこの小さなお店へ。

この記事の続きを見る


ホルショフスキー・ティーン城に展示されている180センチほどの長さがある大きな光子の肖像画
  • テーマ:
  • 城・宮殿
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/チェコ/プラハ 
“EUの父”と呼ばれるリヒャルト・クーデンホーフ・カレルギー伯爵は父親がオーストリア人、母親は日本人で”ミツコ“の名で知られている。リヒャルトの父で外交官だったハインリヒは東京にいる間に青山光子と出会い、1892年に結婚。長男と次男のリヒャルトが東京で生まれている。一家は1896年にハインリヒの国、当時のオーストリア・ハンガリー二重帝国へ帰国する。ハインリヒ・クーデンホーフは西ボヘミアに広大な土地を持つ伯爵家の当主で、ポビェジョヴィツェに城があった。長男が城を受け継ぐが第二次世界大戦後に領地は国に没収され、城は空き家となって荒廃した。2000年以降に修復工事が始まるが資金難でなかなか捗らず、内部は何も無い状態のままだ。ところが光子が暮らしていた頃の城の家具が、近くのホルショフスキー・ティーン城に保管されているという。

この記事の続きを見る


ヴァルネミュンデの細長い船着き場、アルター・シュトロームの先に広いバルト海が開けている
  • テーマ:
  • 観光地・名所
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/ドイツ/ベルリン 
ドイツは地中海には面していないけれど、北に2つの海がある。デンマークの方に突き出た半島によって西側が北海、東側がバルト海に分けられている。どちらにもドイツならではの涼しい海がある。2000年頃から“ディスカバー・ジャーマニー”によってドイツの海が再発見された。それまでドイツ人が好んだマヨルカ島など地中海ではなく、自国の北海やバルト海を見直すキャンペーンが広がる。ユーロ導入によってスペインやイタリアの物価が上がり、メリットが無くなった。サービスも低下し、それならクオリティの高いドイツの方が快適!という訳だ。その結果、ニーダーザクセン州の北海沿岸やメクレンブルク=フォアポンメルン州のバルト海沿岸で休暇を過ごす人が多くなった。以前は閑散としていたドイツの海辺が急に賑やかに。殆どがドイツ人で、たまに海のないスイスやオーストリアから来る人もいる。アジア人観光客が激増しているドイツで、この辺りはとても静かなドイツ。快適な旅ができる穴場だ!

この記事の続きを見る


ドイツ最北の地、ズュルト島では荒涼とした大地の先に真っ青な北海ノルドゼーNordseeが現れる
  • テーマ:
  • ビーチ
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/ドイツ/ベルリン 
コロナ騒動が収まってヨーロッパ旅行が再開されても、人が集まる観光地を訪れることは直ぐには難しいかもしれない。密閉、密集を避けたいとき、お薦めしたいのがドイツの海の町だ。浜辺で過ごすリゾート地は密にならず、極めて空気が良い。夏が近づくと、北海やバルト海のビーチにはシュトラントコルプと呼ばれる柳で作った風よけの椅子が並ぶ。こうした風景を眺めながら浜辺を散歩できるのはドイツならではの醍醐味。まずは西側の海。ノルドゼー(北海)にはオランダからドイツ、さらにデンマークまで続く海岸の湿原があり、この遠浅がWattenmeer(干潟の海)として世界自然遺産に登録されている。干潟の海を裸足で歩くのが健康に良いとされ、ドイツ人は潮が引くのを見計らって干潟ハイキングを楽しんでいる。観光案内所では満潮・干潮のカレンダーを配っているほどだ。ノルドゼーではオランダと隣り合わせの東フリースラント地方の海岸、そこからフェリーで渡れる7つの島、そしてデンマークとの国境にある高級保養地ズュルトSylt島がお薦めだ。

この記事の続きを見る


町の北端まで行くと、この有名なハルシュタットの絶景が望める
  • テーマ:
  • 世界遺産
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/オーストリア/ザルツカンマーグート 
この景色を見たら、もう説明は必要ないだろう。それほど美しいハルシュタットである。1997年に「ザルツカマーグート地方のハルシュタットとダッハシュタインの文化的景観」として世界遺産に登録されている。ウィーンとザルツブルクを走る路線の途中にアットナンク・プフハイムという駅があり、ここで乗り換える。ハルシュタットまでは約1時間半。50分ほどでバート・イシュルに着くが、その後は頻繁に停車してハイカーたちを乗せていく。自転車ごと乗り込んでくる人も多い。ハルシュタット湖が右手に見えると、間もなく駅に着く。プラットフォームなどなく、電車は路上に停車する。どちらの方向に町があるのだろう、とウロウロしていると、降りた人全員が湖へ向かった。後を付いて行くと船着き場があり、渡し船が待っていた。つまり、ここはハルシュタットへ行く渡し船の駅であり、町は湖の反対側だったのである。

この記事の続きを見る


美しい公民館の建物の前にバイオリンを弾いている小さなモーツァルト像が立っている
  • テーマ:
  • 観光地・名所
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/オーストリア/ザルツカンマーグート 
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの熱狂的ファンは世界中にいる。父親のルーツであるドイツのアウクスブルクや母親のルーツであるザンクト・ギルゲンにもモーツァルトファンがやってくる。ここザンクト・ギルゲンはザルツブルクから近く、日帰りも可能なので訪れやすい。ザルツブルクの東25キロ、東西に細長いヴォルフガング湖の西端に面したザンクト・ギルゲンは人口4000人ほどの小さな町だ。大型ホテルは無く、家族経営の小さなホテルやペンションばかりだが、オーナーたちはフレンドリーで旅の良い思い出になる。町の中心は、公民館がある三角形の広場だ。モーツァルト広場Morzart Platzと呼ばれているのは広場の真ん中に噴水があり、そこにモーツァルトの銅像が立っているから。母親ゆかりの町なので、子供のモーツァルト像になっている。こんなに小さくて可愛らしいモーツアルト像は初めてだ。

この記事の続きを見る


モハーチの戦いをシンボル的に表現したモハーチ国立追悼記念碑
  • テーマ:
  • 歴史
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/ハンガリー/ペーチ 
ここはハンガリー最南端の町モハーチ。ブダペストを二分して北から南へ流れていくドナウ川は、そのまま真っすぐ南下してクロアチアに入っていく。その少し手前にモハーチがある。セルビアとの国境も近く、ここはハンガリー、クロアチア、セルビアの3つの国が出会っている場所だ。モハーチが有名なのは、毎年2月に行われる恒例のブショーヤーラーシュBusojarasと呼ばれる民族祭り。角の生えた面をかぶり、毛むくじゃらの衣装を身に着けた人たちが町を練り歩く。丁度日本のなまはげ祭りの様な伝統行事だ。この時ばかりは近隣諸国から大勢の観光客が押し寄せて町は賑やかになるが、普段はとても静かな南ハンガリーの小さな町だ。野菜の路上市では大きく育った真っ赤なパプリカが一番目立っている。そんなモハーチは、ハンガリー最後の国王が戦死した場所である。ハンガリーにとって重要な、オスマントルコとの歴史的戦闘が2度もここで起きているのだ。

この記事の続きを見る


ヴィシェグラードのドナウ河畔にはサロモン塔と王宮が、山の上には城砦が聳えている
  • テーマ:
  • 観光地・名所
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/ハンガリー/ドナウベント 
ハンガリーの観光名所のひとつにドナウの曲がり角がある。“ドナウの曲がり角Dunakanyarドゥナカニャル”と言われるのは、スロヴァキアとの間をひたすら西へ流れてきたドナウ川が急に流れを変え、スロヴァキアから離れてハンガリーを2分するように南下していくからだ。ブダペストから日帰りで訪れることができ、1日観光バスツアーも出ていることから人気の観光スポットになっている。ドゥナカニャル巡りはスロヴァキアとの国境にあるハンガリー発祥の地エステルゴム、古い要塞が残るヴィシェグラード、そしてアドリア海の香りがするセンテンドレの3つを訪れるものが多い。ハンガリーを流れるドナウ川は、ヴィシェグラードあたりが最も美しいとされており、ヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」はここで作曲されたとも言われている。

この記事の続きを見る


1 2 3 4 5 末尾 次へ


このページの先頭へ

海外旅行HOTキーワード集エイビーロードトップへ

エイビーロードの海外旅行情報注目キーワード特集です。コロナに関する、あなたが探している条件に沿ったツアー情報を集めました。出発直前ツアー・早期予約特典ツアー・カード決済OKツアーなど、あなたにピッタリのツアーがきっと見つかります。

ソーシャルメディアアカウント
iPhone/Androidアプリのご紹介