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「トルコ ギリシャ 周遊」の見どころ情報

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「トルコ ギリシャ 周遊」をお探しの方にピッタリの見どころ・ガイド記事はこちら

検索結果10

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港を出港するイタリアの客船コスタ・クルーズの船。コスタ・クルーズには地中海やエーゲ海を航路とするコースがたくさんあります
  • テーマ:
  • 船・クルーズ
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/ギリシア/アテネ 
ギリシャの海にはクルーズ船が目立ちます。クルーズはスペイン、イタリア、クロアチア、トルコなどギリシャ近隣諸国と一緒に航路が組まれているものや、エーゲ海に絞られた航路など、クルーズ会社によって毎年いろいろなスケジュールが組まれています。期間としては、3−4日程度のものから7日以上に渡る旅など。キャビンは海の見えない内側の部屋は安く、海の見える部屋にもバルコニーつきや、スイートルームまであって、多種のグレードに分かれています。以前はクルーズというと大変高いイメージでしたが、最近はいろいろとお手頃なお値段のものが組まれてきているので、若者でも気軽に初クルーズを体験できるようになってきました。料金を考えるとき、クルーズの料金には、キャビン代、一日3食の食事代などが含まれているのが普通なので、一般旅行のホテル代や外食費、交通費が全部含まれていると考えると、特別高いということはないんですよ。

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「トルコ ギリシャ」にヒットする見どころ・ガイド記事はこちら

レパントの海戦を再現!ショーのクライマックスの戦闘シーン。
  • テーマ:
  • 祭り・イベント
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/ギリシア/パトラ 
パトラから車で30分。リオ・アッディリオの橋を渡って少し海沿いに走ると見えてくるのが小さなナフパクトスの街です。ここが、サラミナの海戦などと並ぶ世界史で知られる海戦の舞台となったレパントです。「レパント」というのはナフパクトスのイタリア語、スペイン語名称です。オスマン朝トルコ帝国が絶大な勢力を誇っていた時代の1570年〜1571年に、当時ヴェネツィアが支配していたキプロス島をオスマン朝トルコ帝国が占領しました。町は破壊され、ヴェネツィア、ギリシャ両軍の兵士はもちろん一般市民も大変残酷な方法で殺されたそうです。そして同じ時代、スペインもイスラムの勢力の拡大を恐れていました。同時にヴェネツィアにとっては、東地中海からアドリア海にかけての貿易を手中にしたいという思惑もあり、様々な要因がカトリック教会側の国々を結び付け、オスマン朝トルコ帝国に対抗する協力体制を生み出すこととなりました。

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(上)カフェやレストラン、バーがひしめき合う、一日中賑やかなフォチャの入江。(下)「フォチャシュク(『フォチャ大好き!』の造語)」モニュメント前での記念撮影も、お忘れなく。
  • テーマ:
  • リゾート
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/トルコ/イズミール 
エーゲ海沿岸の街であり、トルコの最大都市イスタンブール、首都アンカラに続く第三の都市でもあるIzmirイズミール。このイズミール近郊には美しいリゾート地が点在していますが、今回はトルコのローカルで賑わう庶民的な保養地Focaフォチャをご紹介しましょう。フォチャの興りは、古代ギリシャ時代にまで遡ります。イオニア地方の都市国家の一つだったフォカイア(古代ギリシャ語名)が、現在のフォチャ。古代から海上貿易と植民活動を盛んに行っていた、有力な都市国家だったと言われています。そんな歴史を持つフォチャは、現在では地元のトルコの人々に人気の夏の休暇先となっています。世界でも生息数の少ない地中海アザラシは、フォチャのトレードマークとして町のあちこちで看板やイラストで登場しています。

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ギリシャ神話の愛と美の女神・アフロディテは、この美しい海岸の岩から生まれたという。
  • テーマ:
  • 世界遺産
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/トルコ/イスタンブール 
キプロス島は、私たち日本人にとってギリシャ領の他の島と比べると今ひとつピンとこない名前かもしれません。このキプロス島、北部はトルコの人々に人気の高級リゾート地、南部はイギリスを初めヨーロッパ各地から観光客が押し寄せる、地中海の一大観光スポットなのです。ではどうして北部と南部と言ったのかは、この島の不幸な歴史的背景にあります。かつてオスマントルコ帝国の支配下にあったキプロス島は、その後イギリスにより併合されましたが、1960年には「キプロス共和国」としてイギリスからの独立を果たしました。ところがその後、島のトルコ系住民とギリシャ系住民の間で衝突が多発し始め、1974年にはギリシャ系軍がクーデターを起こし、それに対してトルコ系住民の保護の名の下にトルコ軍が軍事介入をし北部を占領、島は南北に分断されてしまいました。やがて島の北部のトルコ系住民が「北キプロス・トルコ共和国」という国名で独立宣言をしましたが、国連はこれを否認しています。

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プランターも額も奇抜な色で道行く人の目を楽しませてくれる
  • テーマ:
  • 観光地・名所
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/トルコ/イズミール 
こんなに色が溢れている町って、他にあるだろうか。赤、青、黄色、緑、紫、オレンジ、ピンク、などなど。レストランやカフェ、ショップでは店の看板、ドア、窓枠、椅子、テーブルクロス、クッションなどに様々な色が使われている。ここは西南アナトリア、エーゲ海の小さな町アラチャトゥだ。細い道にテーブルが並び、どこも可愛らしく飾り立てている。壁に吊るされた植木鉢からこぼれる花も色を加えている。テーブルに小さな花瓶を置いて、もう一つ余分に色を演出している店もある。鮮やかな皿やグラス、原色をそのまま大胆に使う。こんなに色がバラバラなのに、何故この町はチグハグに見えないのだろう。全てが計算されてのことなのか、それともこの町には色の魔術師がいるのだろうか。

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エーゲ海を眺めるために、ちょっと浜辺へ寄り道してみよう
  • テーマ:
  • リゾート
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/トルコ/イズミール 
今日のイズミルからエーゲ海沿岸にかけての一帯は、かつてイオニア地方と呼ばれていた。イオニアと言えば、ギリシャ建築の柱を思い浮かべる。紀元前6世紀にギリシャ本土に住んでいたイオニア人がアナトリア西南部に移住して植民地を形成。そこで生まれたのが頭に渦巻き模様がある柱で、以後イオニア式と呼ばれた。この辺りはそれほど古い歴史と文化がある地方なのだ。イズミルの西、エーゲ海に大きく突き出ているのがチェシュメ半島。イズミルから真っ直ぐ東へ延びる道があり、その先端がチェシュメだ。チェシュメとはペルシャ語で水汲み場という意味で、今も町の至る所に古い水汲み場が残る。海辺の方では砂浜が続き、宿泊施設が充実している。浜に面したホテルには専用のプライベートビーチがあるが、地元の人たちは空いている浜辺で泳いでいる。

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ネムルート山の古代遺跡
  • テーマ:
  • 観光地・名所
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/トルコ/シャンルウルファ 
トルコ東部にある世界遺産ネムルート山の古代遺跡。これは紀元前2世紀から紀元後1世紀まで約250年にわたって栄えた、ギリシャ系の小王国コンマゲネ王国の王アンティオコス1世の陵墓です。山頂に並ぶ石像の頭部が見る者に強い印象を残す、トルコ観光でも人気の場所です。ただし今回紹介するのは、そのネムルート山周辺にあるその他の遺跡です。現在は大きな町がないこのネムルート山周辺ですが、かつては交易ルートにあり、コンマゲネ王国からローマ時代にかけての遺跡が点在しているのです。今回はそれらを紹介しましょう。

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まるで地面から生えたように、石像の頭部が置かれているネムルート山
  • テーマ:
  • 観光地・名所
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/トルコ/シャンルウルファ 
長い歴史があるトルコには、数多くの世界遺産があります。歴史好きには本当に見どころだらけで、行く場所選びに迷ってしまうのですが、今回はすばらしい絶景が広がる「ネムルート山の古代遺跡」を紹介しましょう。トルコ東部の田舎にあるので少々行きにくいのですが、行くだけの価値は十分あります。かくいう私も、実は3回も行っています。紀元前、アレクサンドロス大王の死後に多くのギリシャ系王国が生まれましたが、そのうちのひとつセレウコス朝シリアから前162年に独立したのがコンマゲネ王国です。このネムルート山頂にある遺跡は、その最盛期の王アンティオコス1世の陵墓なのです。

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ホテルの客室から眺めるエーゲ海。ホテル前の広場から右手に長く緑地帯が続いている
  • テーマ:
  • 憧れホテル
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/トルコ/イズミール 
イズミルIzmirで1、2を競う高級ホテルと言えばヒルトン・ホテルとスイスホテル・ブリュック・エフェスだ。この2つのホテルは並ぶように建っている。イズミルのオフィス街にあり、近くには高級ブティックなどの店も多く見られる。エーゲ海は目の前で、海に沿った緑豊かなプロムナードが長く続いている。ヒルトンは1991年にオープンしたが、スイスホテルの方はその前身であるブリュック・エフェス・ホテルが1964年オープン、とかなり早い時期に建てられている。ブリュックは大きいという意味なので英語でグランド・エフェス・ホテルと訳されていた。長い間イズミル随一の高級ホテルで、トルコ人が理想としたホテルだった。1万2千平方メートルという広大な敷地の中にあり、樹木の茂る前庭と中庭が美しい。

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エジプトとの和平書簡が発見された大城塞
  • テーマ:
  • 物語のあの場所
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/トルコ/ボアズカレ 
「人気マンガの舞台にもなったヒッタイト王国の都ハットゥシャ・見学編」前編からの続きです。ハットゥシャ遺跡を見学順路沿いに進むと、最後が「大城塞」と呼ばれているかつての宮殿の跡にでます。ここも大神殿と同様に、今は石の土台部分が残っているだけです。しかしここからは多くの粘土板が発掘され、その中に有名なエジプトのラムセス2世との和平書簡の粘土板がありました(現在イスタンブール考古学博物館に収蔵)。これはエジプトのルクソールにあるカルナック神殿に残されたものと内容が一致しており、この場所がヒッタイトの都ハットゥシャであることが判明したのです。

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