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「トルコ 教会」の見どころ情報

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検索結果69

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サラエボのカトリック信仰の中心、聖心大聖堂
  • テーマ:
  • 観光地・名所
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/ボスニア・ヘルツェゴビナ/サラエボ 
サラエボの中心部から街歩きをスタートするなら、起点にちょうどいいのが聖心大聖堂です。カトリック教会の聖堂で19世紀末に建造され、その後ボスニア紛争で被害を受けながらも、修復されて現在に至ります。国内最大級といわれるだけあって、存在感たっぷり。この大聖堂があるフェルハディヤ通りを西へ進み、大通りと交わるところにあるのが“永遠の炎”と呼ばれる戦争記念碑です。火が点され、花束が添えられた慰霊の場所。またフェルハディヤ通りは東へ進むとサラツィ通りと名前を変え、トルコ風の街並みに一変。バシチャルシアというエリアとなって、まったく違う雰囲気になります。この多様性はサラエボの見どころの一つとなっています。

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人々がそぞろ歩く、のどかな通り
  • テーマ:
  • 観光地・名所
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/ボスニア・ヘルツェゴビナ/サラエボ 
初めてボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都・サラエボに行ったら、ぜひ訪れたい場所の一つがバシチャルシアです。オスマン帝国統治時代の16世紀に造られた商業地区で、その呼び名はトルコ風。サラエボの繁華街に位置するので観光客にも行きやすく、あたりはいつも人でいっぱい。赤レンガで低層の建物が軒を連ね、昔にタイムトリップしたような気分になります。路上に席を設けたカフェがあるので、現地式のコーヒーやチャイなどを飲みながら、のんびりと過ごすのもいいですね。

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遺跡に聳え建つ赤いバジリカ
  • テーマ:
  • 世界遺産
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/トルコ/ベルガマ 
ベルガマに残る遺跡の中で、一番大きな建物は旧市街の北にあるクズル・アヴル Kizil Avluであろう。一般にレッド・バジリカ、赤いバジリカと呼ばれている遺跡だ。バジリカとは左右の壁側に側廊がある長方形の大きなホール式建造物のこと。赤というのは、赤いレンガで建てられているのでそう呼ばれるようになった。町の北を塞ぐアクロポリスの丘にはトラヤヌス神殿の柱や劇場などが残り、町の西方にはアスクレピオンの神域跡が見られる。それらを見学した後にここを訪れると、大変保存状態が良く感じる。紀元前3〜2世紀に建設された古代ペルガモン王国の建物に対し、こちらはローマ帝国時代の2世紀に建てられているので400〜500年も新しいからかもしれない。

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どこにでもあるような庶民的な店構え
  • テーマ:
  • グルメ
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/トルコ/ベルガマ 
世界遺産のベルガマには季節を問わず、多くの観光客が訪れる。見どころの多いベルガマでは皆、歩き疲れてお腹がペコペコ。市内に3カ所の大きな見所があるので、まず午前中にアクロポリスの丘を見学すると、午後の赤い教会とアスクレピオンを見学する前にお昼ご飯の休憩が必要だ。大きなスーパーマーケットが建っているMermer Direkler 通りには手ごろなレストランが並んでいるが、もう少しBankalar大通りを南へ歩いてみよう。ベルガマ在住の人が薦めてくれた、とっておきのレストラン、アルトゥン・ケプチェは200メートルほど歩いたHac yamak 路地へ入る角にある。

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レパントの海戦を再現!ショーのクライマックスの戦闘シーン。
  • テーマ:
  • 祭り・イベント
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/ギリシア/パトラ 
パトラから車で30分。リオ・アッディリオの橋を渡って少し海沿いに走ると見えてくるのが小さなナフパクトスの街です。ここが、サラミナの海戦などと並ぶ世界史で知られる海戦の舞台となったレパントです。「レパント」というのはナフパクトスのイタリア語、スペイン語名称です。オスマン朝トルコ帝国が絶大な勢力を誇っていた時代の1570年〜1571年に、当時ヴェネツィアが支配していたキプロス島をオスマン朝トルコ帝国が占領しました。町は破壊され、ヴェネツィア、ギリシャ両軍の兵士はもちろん一般市民も大変残酷な方法で殺されたそうです。そして同じ時代、スペインもイスラムの勢力の拡大を恐れていました。同時にヴェネツィアにとっては、東地中海からアドリア海にかけての貿易を手中にしたいという思惑もあり、様々な要因がカトリック教会側の国々を結び付け、オスマン朝トルコ帝国に対抗する協力体制を生み出すこととなりました。

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コース最初の方に現れるハンガリー王の石像
  • テーマ:
  • 観光地・名所
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/ハンガリー/ブダペスト 
ブダペストの王宮の丘は石灰岩で構成された台地で、雨水や地表水などの侵食によって自然にできた洞穴が地下に広がっている。深さは数十メートルもあり、2層になっている所や3層になっているところもあるので全てを合わせると、その広さは1万平方キロメートルにも及ぶという。マーチャーシュ教会や漁夫の砦、散策するに最適な古い裏路地、といった旅情あふれる王宮の丘の地下に、そんな大きな空間があるの?!と、驚く。しかも、これは石器時代からあったらしい。公開されているのはその一部だが、それでも見学コースは1キロ以上に及ぶらしい。一体、どんな所なのだろうか。まずは行って見よう。

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雪をかぶった松林の白さと、青空のコントラスト。こんなところでスキーがしてみたかった!
  • テーマ:
  • 大自然
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/トルコ/カルス 
イスタンブールから飛行機で約2時間の、トルコ東部の街Karsカルス。カルスにはSarikamisサルカムシュと呼ばれるスキー場があり、雪質がスキーに最適であることで有名です。特別なさらさら雪・パウダークリスタルスノーは、ここサルカムシュとアルプスにしか降らないんだそう。ゲレンデは全部で9コースあり、初心者向け2、初級向け1、中級向け3、そして上級向けに3コースがそれぞれ用意されています。スキーウェアからアクセサリー、スキー用具のレンタルショップもあるので、手ぶらで行っても装備は現地で調達可能です(スキースクールも有り)。頂上Bayrak Tepeバイラック山頂は、2,634メートル。遥か彼方に見える真っ白い山々をバックに、こんもり雪化粧した松林の中を滑り抜けるのは、爽快この上なし!

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中央に見える弧を描いた大階段が劇場、左手の白い大理石列柱がトラヤヌス神殿
  • テーマ:
  • 世界遺産
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/トルコ/イズミール 
世界遺産の町では、住民が気を遣いながら生活しているのではと思う。建物などの規制も多かろう。だが実際にはどこの町でも人々は世界遺産を気にすることなく普通に過ごしている。ここはトルコの西端、イズミル県の北部に位置するベルガマの町。人口11万人ほどの、トルコによく見られる中都市だ。住民は遺跡を生まれた時から見ているのでごく自然に受け入れている。ベルガマと聞いてピンとこない人でも、ペルガモンと聞けば「ああ、あの…」、と気付くであろう。そう、ベルリンのペルガモン博物館で有名な町なのだ。19世紀後半にカール・フーマンというドイツ人によって発見され、ベルリン博物館協会によって発掘が行われて現在の遺跡が現れた。殆ど朽ちていたゼウスの祭壇をベルリンへ運び、修復して展示しているのがベルリンのペルガモン博物館である。

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メトロ8号線Porte
  • テーマ:
  • 歴史
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/フランス/パリ 
近頃、日本でも移民について考える機会が増えてきたのではないでしょうか。フランスは移民大国で、さまざまな事情で異なる国からやってきた人々がこの社会で生きています。彼らの歴史を語る国立移民歴史博物館は、パリの東部12区にあります。もともとは国際植民地博覧会の会場としてLe Palais de la Porte Doreeが1931年に建てられ、その後アジア、アフリカ、オセアニアの作品を集めた美術館となっていましたが、2006年にオープンのジャック・シラク元大統領の名が付いたMusee du quai Branly Jacques Chirac(ケ・ブランリージャックシラク美術館、パリ7区)に作品が移され、国立移民歴史博物館として開館したのは2007年と割と最近のことなのです。2017年10月にちょうど10周年を迎えた同館を訪ねました。

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バラの丘にあるギュル・ババの霊廟
  • テーマ:
  • 観光地・名所
  • 行き先:
  • ヨーロッパ/ハンガリー/ブダペスト 
ハンガリーは1526年にモハーチの戦いでオスマントルコ帝国に敗れてから中央部がトルコに支配され、1541年に現在のブダペストはトルコ軍に占領された。それからおよそ150年間、オーストリアがトルコをハンガリーから追い出すまでハンガリーはトルコの支配下にあった。その間、町の教会はイスラム教のモスクに変えられ、トルコ的な施設が建設された。ハンガリー人にとってオスマントルコの支配は苦難の時代だったと思う。しかし占領した直後に亡くなったトルコの修行僧ギュル・ババの霊廟はトルコ支配が終わっても壊されることなかった。その霊廟はブダ側のバラの丘にあり、ずっと保存されて今では観光名物になっている。

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