カジノといえば、真っ先に思い浮かぶのはこの町

世界各地にあるカジノを紹介するこのシリーズ。今回はアメリカのラスベガスの歴史を知ってみましょう。ラスベガスといえば、もうカジノの代名詞と言ってもいいでしょう。キラキラ輝くネオンの街、スロットマシーンが並び、テーブルでは大金を賭けたゲームが行われている…。ある人にとっては映画からの印象で、犯罪と娼婦の街であったり、ある人にとってはショービジネスの街だったりするかもしれませんが、常にその中心にはカジノがあると思います。さて、ラスベガスはどうやって世界有数のカジノの町になったのでしょうか。行く前にまずはその歴史を知っておくと、現地での楽しみ方が違いますよ。

教えて! 世界のカジノ事情【ラスベガスの歴史編】(その1)マフィアが作ったリゾート 教えて! 世界のカジノ事情【ラスベガスの歴史編】(その1)マフィアが作ったリゾート

何もない砂漠の中に生まれた町

ラスベガスがあるのはアメリカ西部のネバダ州。200年ほど前に砂漠の中のオアシスとして発見されたのが、この地の歴史の始まりです。しかし町に発展したのは、1905年の鉄道の開通に伴い、水の供給地として駅が作られてからです。大恐慌後の1931年には、ネバダ州がギャンブルを合法化。近隣にあるフーバーダムの完成や軍事施設の建設などもあり、町は発展して行きます。そのラスベガスに大きな転機が訪れるのが、マフィアのバグジー・シーゲルが作り上げたホテル「フラミンゴ」のオープンです。

“夢のホテル”に賭けたマフィア

ニューヨーク出身のギャング、バグジーは1937年に組織拡大のためカリフォルニアにやってきます。まずハリウッドで勢力を築いたバクジーは、小規模なカジノしかないラスベガスに目をつけ、そこにハリウッド風の豪華さを持ち込んだホテルの建設を思いつきます。お金はマフィアの大ボスたちから借り、ホテルとカジノだけでなく、プールやゴルフ場、乗馬クラブまで揃った大型リゾートホテルの建設が始まりました。

ホテル「フラミンゴ」の完成

しかし細部までこだわったバクジーの性格が災いし、ホテルは1946年の完成までに当初の予算100万ドルを大幅に上回る600万ドルがかかってしまいます。そしてオープン当初は赤字が続いたことや、お金の着服で疑われたこともあり、バクジーは1947年に自宅で組織に暗殺されてしまいます。マフィアなのにホテル建設に力を入れ過ぎたという、ユニークなキャラクターのバクジーは、1991年にウォーレン・ベイティ主演の『バクジー』で映画化されているので、興味を持った方は映画を観てからラスベガスに行くといいでしょう。(その2につづく)