バクジーの死後、ホテルは人気に

皮肉なことにバクジーが殺されると、ホテルの経営は上向きます。バクジーの後に乗り込んだマフィアのグリーンバウム(のちにやはり暗殺される)の手腕や、「バクジーが命を賭けて作ったカジノ」という話題性も人を呼びました。その後、現在のメインストリートであるストリップに次々とカジノホテルが建設されます。“ゴージャスで派手”というラスベガススタイルのショーが確立したのも、このころでしょう。しかし当初はそれらのカジノホテルの資金源はマフィアからのものでした。またかなりの額が脱税され、マフィアの資金に流れていきました。そのマフィアとラスベガスの関係を断ち切ったのが、ハワード・ヒューズです。

教えて! 世界のカジノ事情【ラスベガスの歴史編】(その2)ハワード・ヒューズの登場 教えて! 世界のカジノ事情【ラスベガスの歴史編】(その2)ハワード・ヒューズの登場

ハワード・ヒューズを知っていますか?

ハワード・ヒューズ。レオナルド・ディカプリオ主演の映画『アビエイター』の主人公といえばわかる人もいるかもしれません。ヒューズはアメリカ屈指の大富豪で、また数々の奇行でも知られる変人でもあります。18歳で父の残した莫大な遺産を相続したヒューズは、会社経営を部下に任せ、映画製作に乗り出したり、航空会社を買い取ったりと何かと話題の多い人でした。晩年は大の人嫌いで、滅多に人に会うことはなかったそうです。1966年にラスベガスのカジノホテルの「デザート・イン」の最上階にほとんど閉じこもり切りで暮らしていたとき、「部屋を移って欲しい」と言われたので、ホテルごと買収してしまったというエピソードは有名でしょう。

ヒューズの力でカジノ法を改正

そのヒューズは大のマフィア嫌いでした。そのため、政府に働きかけてカジノ法を改正させ、会計基準や審査基準を厳しくさせると同時に、大企業が参入しやすくさせました。そしてその資金力にものを言わせて、ラスベガスのホテルや土地、テレビ局を次々に買収していきます。テレビ局を買収したのは、自分の不眠時に部屋で映画を観るためという話もあります。1970年代に入るとマフィアも次々に撤退して行き、現在のクリーンなラスベガスのもとができてきます。ヒューズはその後、メキシコのアカプルコに移動し、1976年に亡くなります。(その3につづく)