テーマ型ホテルの登場

さて、1980年代に入ると、テーマパーク型のカジノホテルが次々にオープンされるようになります。それまでの「カジノとホテル「という組合わせ以外に、大規模なショーが観られるエンタテイメント施設やショッピングモール、レストランなどを併設して家族揃って楽しめる施設です。最初に成功したのは「古代ローマ帝国」をコンセプトにした「シーザーズ・パレス」でしょう。そして1988年オープンの「ミラージュ」では、敷地前に無料で観られる火山の噴火のアトラクションを設置し、複合型のカジノホテルを定着させました。このミラージュを建設したのが。スティーブ・ウィンです。今までの「カジノでお金を落として行く客が第一で、ホテルは二の次」という発想を変え、「ホテル自体で客を引きつければカジノにもお金が落ちる」と考えたのです。このアイデアは成功し、「ミラージュ」は大成功します。

教えて! 世界のカジノ事情【ラスベガスの歴史編】(その3)ファミリー向けリゾートに転換 教えて! 世界のカジノ事情【ラスベガスの歴史編】(その3)ファミリー向けリゾートに転換

ラスベガスの実力者ウィン

次にウィンが手がけたのが、「宝島」をモチーフにしたテーマホテル「トレジャー・アイランド」です。これもホテル前で無料のアトラクションが観られ、集客も成功しました。そしてウィンは、次にそれまでのファミリー層向けのホテルとはひと味違う、高級感を演出した「ベラジオ」を作ります。映画『オーシャンズ11』の舞台になった、豪華ホテルですね。超高級レストランが入り、シルク・ド・ソレイユの『O』が観られるのもここです。しかしホテルとしては成功したのですが、その高級指向には費用がかかり過ぎ、ウィンは「ミラージュ」をMGMグランドへと手放すことになりました。

これからのラスベガスはどんな町に

こうした流れを見ていると、ラスベガスは「ラスベガス=カジノ」のイメージから90年代に脱去し、ファミリー向けの総合リゾートに転換したことがわかります。また、観光だけ見ていると気がつかないのですが、90年代以降には大型のコンベンションセンターが次々と建てられ、ビジネス需要も増えてきました。1990年代にはラスベガス全体の売上のうち60パーセントがカジノ収入だったのが、2010年代に入るとカジノ以外の収入が60%と逆転しています。たぶん今後もその勢いは加速し、ラスベガスはカジノ以外も楽しめる複合型リゾートの町になっていくのでしょう。