ロック好きなら、メンフィスで絶対に見逃せない場所

ロックの歴史をかじったことがある人なら、「サンスタジオ」の名前を聞いて心がときめかない人はいないでしょう。「ロックンロールを創始したのは誰か?」にはいろいろな言い分があるでしょうが、それを社会的な現象に押し上げ、ポピュラーミュージックのメインストリームにしたのはエルヴィス・プレスリーであるということに異論はないでしょう。ザ・ビートルズ以前の若者向け音楽の最大のスターは、エルヴィスだったからです。そして、そのエルヴィスが初レコーディングを行い、彼が発掘されたのがメンフィスにあるサンスタジオなのです。現在、このサンスタジオを見学するツアーがあります。メンフィスに行った私が、このツアーを見逃すはずはありません。

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若きエルヴィスがスタジオにやってきた

サンスタジオはメンフィスのダウンタウンの中心部から2kmほど離れた、住宅街にあります。1950年初めにオーナーのサム・フィリップスがレコード会社のサンレコードの録音スタジオとして始めました。初期には、B.B.キング、ルーファス・トーマス、ハウリン・ウルフなどのブルースやR&Bアーティストがレコーディングを行いました。一方、スタジオの経営は苦しく、フィリップスはレコードを作りたい素人たちへもスタジオを提供していました。「4ドルでレコードが作れます!」。そんな文句にひかれてやってきたのが、高校を卒業したばかりの18歳の青年、エルヴィス・プレスリーでした。伝記によれば「レコードを作って歌を母親にプレゼントするつもりだった」ということですが、サンレコードに見出されるチャンスに賭けたのかもしれません。

そしてロックンロールが誕生した

エルヴィスは1953年8月、続いて1954年1月と、計2回サンスタジオで自費でレコードを作りましたが、何も起きませんでした。しかしフィリップスは1954年夏に、プロ用の録音中にエルヴィスのことを思い出し、彼を呼びます。当初、用意された曲は別でしたが、リハーサル中にエルヴィスが既成曲のブルース「ザッツ・オールライト」をアップテンポで歌い出し、それに楽器が合わせて、ピンときたフィリップスが録音を開始。それがエルヴィス最初のシングル「ザッツ・オールライト」になりました。DJ用のサンプル盤がメンフィスのローカルラジオ局で流れた時、リスナーはみな彼を黒人と思ったそうです。フィリップスはかねてから、「黒人のサウンドとフィーリングを持った白人がいたら、私は億万長者になれる」と言っていたそうです。黒人の優れたミュージシャンが録音に訪れ、またその音楽を愛していたフィリップスですが、音楽に人種の壁があった時代、その音楽を多くのアメリカ人に届けるには、白人のシンガーでないとまだダメだと感じていたのです。(その2に続く)