エルヴィスに続くスターたち

サンスタジオその1からの続きです。ラジオでエルヴィスの「ザッツ・オールライト」が流れると多くのリクエストが集まり、その3日後、このサンスタジオでB面となる「ブルームーン・オブ・ケンタッキー」が録音され、シングルレコードとして発売されます。これがヒットし、やがてサンレコードからは5枚のシングルが発売されます。しかしエルヴィスはその間に、大手RCAレコードと契約。借金を抱えていたフィリップスは、移籍金を受け取り、その一部を新人のジョニー・キャッシュ、カール・パーキンスなどの売り出しに使おうとします。1956年、カール・パーキンスは、「ブルー・スエード・シューズ」でスターになります。

ツアーの待合室となるバースペースにも、音楽ファンには気になる資料がズラリ ツアーの待合室となるバースペースにも、音楽ファンには気になる資料がズラリ

大物が集まった伝説のレコーディングが

このスタジオの録音で有名なのは「ミリオンダラー・カルテット」と呼ばれるセッションでしょう。1956年12月4日、すでに全国区の大スターとなっていたエルヴィスが、偶然このスタジオに立ち寄りました(彼はメンフィスに住んでいました)。その時、スタジオにはカール・パーキンスが「マッチボックス(のちにビートルズがカバー)」などの録音に来ていました。フィリップスは録音に厚みを持たせるために地元のピアノ弾きのジェリー・リー・ルイス(翌1957年に「火の玉ロック」でスターに)を呼んでいました。エルヴィスはセッションを気に入り、自分もスタジオに入っていきます。その時、カントリー歌手のジョニー・キャッシュもこのセッションの見学のためにやってきていて、彼もセッションに加わります。そしてこのセッションは、伝説として語り伝えられるのです。

サンレコードの終焉と復活

サンレコードは成功しましたが、フィリップスは早々とレコーディングに興味を失っていき、ラジオに力を入れるようになります。1968年、サンからの最後のレコードが出されたのち、会社は売られてしまいます。伝説のスタジオは一般の会社に売却され、その輝かしい存在は忘れ去られていました。しかし1987年に再びレコーディングスタジオに戻った後は、メンフィスで人気の観光地になっていきます。伝説を知る多くのフォロワーによって、再びこのスタジオで録音がおこなわれ、映画のロケ地にもなったのです。有名なところでは、U2のアメリカツアーのドキュメンタリー「U2/魂の叫び」で、このサンスタジオでの録音風景が映し出されています。映画『ミステリートレイン』にも出てきますね。2003年にこの建物は、「アメリカ合衆国国定歴史建造物」にも認定されました。(その3に続く)