日本ではあまりポピュラーではない、プレスリー

1977年に亡くなった「キング」こと、ロックンロールの王者エルヴィス・プレスリー。アメリカ音楽の巨人ですが、いくらロック好きの私でも、きちんと彼の音楽を聴いたことはほとんどありませんでした。エルヴィスのあとスーパースターになったザ・ビートルズが、いつの時代にも着実にファンを増やし、私も長年にわたって聴き続けているのとは対照的です。日本での人気も、リアルタイムで聴いていた世代が中心。かつて小泉元首相がメンフィスを訪れ、プレスリーのモノマネをした時も、「若い」というより、逆に小泉さんの“世代”を強く感じた人も多かったと思います。

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メンフィスでエルヴィスの“新しさ”を知る

さて、そんな訳で私自身、2016年4月のメンフィスへの旅は、それまで知らなかったエルヴィスという人を知る旅でもありました。メンフィスといえば、むしろ私にとってはB.B.キングなどのブルースや、スタックスサウンドなどの黒人音楽の方に親しみがあったからです。もちろん音楽ファンですから代表曲は知っていますし、「一番好きな曲は?」と聞かれたら、最後のNo.1ヒットの「サスピシャス・マインド」をあげることもできます。それでもエルヴィスの“新しさ”がわかったのは、メンフィスに着いてからでした。メンフィス・ロックンソウル博物館のジュークボックスで、1950年代の黒人音楽をずっと聴いていて、次にエルヴィスのデビュー曲「ザッツ・オールライト」を聴いた瞬間、「明らかにこれは違うぞ」と感じたのです。ザ・ビートルズがデビューした時に新鮮だったように、エルヴィスの歌は明らかに“それまで”とは違う何かがありました。

少年時代にメンフィスに引っ越したエルヴィス

それはブルースやR&B譲りの興奮を呼ぶワイルドなリズム感と、なめらかで上品な声でした。どちらかが欠けてもダメだったでしょう。それではなぜそれが可能だったか。エルヴィスはミシシッピの田舎町で、1935年の1月8日に双子のひとりとして生まれます(ひとりは死産)。エルヴィスは敬虔な母親に連れられて行った教会で、ゴスペル音楽、ラジオからはカントリー音楽、そして周囲には黒人も多かったことからブルース音楽を聴いて育ちます。13歳の時に一家はテネシー州のメンフィスに引っ越します。メンフィスも黒人音楽が盛んなところ。きっとエルヴィスもブルースやR&Bのリズム感をそこで体得して行ったのでしょう。(その2へ続く)