アメリカ音楽の巨匠、ボブ・ディラン

アメリカ音楽好きの方なら、ボブ・ディランを知らない方はいないでしょう。ビートルズと並ぶポピュラーミュージックの巨人です。ジャンルはフォークに入れられたり、ロックに入れられたりしますが、とにかく活動歴が長くて今も現役なので、ジャズの巨人マイルス・デイビスのように、“ボブ・ディラン”という人自体がジャンルになっているといってもいいでしょう。今回は1941年生まれ、現在76歳の彼が、デビュー時期に暮らした、ニューヨークのグリニッジビレッジのゆかりの場所を紹介したいと思います。

1961年、若きディランが出演していたという「カフェ・ホワッ」は、グリニッジビレッジにまだある 1961年、若きディランが出演していたという「カフェ・ホワッ」は、グリニッジビレッジにまだある

1961年、ボブ・ディラン、ニューヨークにやってくる

のちにボブ・ディランに改名するロバート・アレン・ジマーマンが成長したのは、アメリカ中西部、ミネソタ州の田舎町ヒビングでした。ジマーマンのアイドルは、カントリー歌手のハンク・ウィリアムズやロック歌手のエルビス・プレスリー。しかし1959年、ミネアポリスのミネソタ大学に進学した頃には、ジマーマンはアイドルをプロテストフォークシンガーのウディ・ガスリーに替えるだけでなく、自分のエレキギターもフォークギターに買い替え、ボブ・ディランと名乗ってフォークシンガーとして活動し始めます。そんな彼が大学を中退してニューヨークにやってきたのは、1961年の冬でした。ディラン20歳。

60年代初頭のグリニッジビレッジ

当時のニューヨークは(今もでしょうが)、アメリカで最も自由で活気がある場所でした。知識人、芸術家、ボヘミアンが集まる自由な空気が流れており、青年ディランが魅了されたのも当然でしょう。とりわけ、ニューヨーク大学があるグリニッジビレッジは、若者が集まるコーヒーハウスも多く、そこではギター1本で歌を歌うフォークシンガーが若者達の心を掴んでいました。自分たちの気持ちを代弁してくれるのは、ラジオから流れる甘ったるいポピュラー音楽ではなく、リアルな現実を歌うフォークソングだったのです。若きディランがたどり着いたのは、大雪のニューヨークでした。着いて早々、彼はすぐにコーヒーハウスで歌い始めます。

1961年のグリニッジビレッジのフォークシーンを描いた映画

1961年のグリニッジビレッジの雰囲気を知りたかったら、コーエン兄弟監督の映画『インサイド・ルーウィン・デイビス 名もなき男の歌』(2013)を観るのがオススメです。主人公ルーウィン・デイビスはこのグリニッジビレッジで活動している、売れないフォークシンガー。当時のフォークシーンだけでなく、1961年当時のニューヨークの様子も見事に再現していて、これからグリニッジビレッジに行こうという方、必見です。映画を観た時、その画面の色合いが当時の写真集そっくりで、非常に凝っているなと思いました。映画の最後には、新旧交代を暗示するかのように、“新人”としてディランが登場します。(その2に続く)