誕生日が国民の祝日になっているアメリカの偉人とは?

アメリカの都市には多くの「マーティン・ルーサー・キング・ジュニア通り」があり、1月の第3月曜は「マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの日」として国民の祝日になっています。アメリカで個人の誕生日が祝日となっているのは、キング牧師だけでしょう(3人の元大統領をまとめて「大統領の日」という祝日はありますが)。20世紀のアメリカの歴史で、まず忘れてはならない人がキング牧師です。今回は、そのキング牧師の足跡をたどり、アメリカ各地を旅行してみましょう。

キング牧師の最後の地、メンフィスのロレインモーテル キング牧師の最後の地、メンフィスのロレインモーテル

モントゴメリーで起きた「ローザ・パークス」事件

1929年にアトランタで生まれたキングが、公民権運動に関わるようになったのは1954年にアラバマ州のモントゴメリーの教会に牧師として就任してからでした。当時のアメリカでは、南部を中心に黒人に対する差別が続いていました。1863年の奴隷解放宣言で自由を得たはずの黒人ですが、南部ではその後の法改正によって黒人の権利は骨抜きにされ、人種分離政策が行われていたのです。黒人に限らず、白人以外は「カラード」とされ、レストランでも待合室でも、水飲み場でさえ白人とは隔離さえ、見下されていました。1955年にこのモントゴメリーで、黒人女性のローザ・パークスがバスで白人に席を譲らなかったとして逮捕されます。キング牧師はそれに抗議するため、町中の黒人がバスに乗らない「バス・ボイコット運動」を起こし、世間に訴えます。この運動は成功し、1956年11月に「アラバマの人種分離法は違憲」と連邦最高裁判所が判決を下します。

歴史に残る「ワシントン大行進」を主導

この運動によりキング牧師の名は広まりました。インドのガーンディーの教えの影響を受けた、「非暴力」「非服従」運動を積極的に推し進めます。それが最高潮に達したのは、1963年8月23日に行われた「ワシントン大行進」です。アメリカの歴史ドキュメンタリーの中のキング牧師のシーンで、必ずといっていいほど映し出されるので、映像を見た方もいるでしょう(日本の高校の教科書にも載っています)。20万人を超える参加者がワシントンD.C.に集まる中、「I Have a Dream(私には夢がある)」から始まった彼の演説は、アメリカ史上に残る名演説として様々に引用されています。1964年7月には公民権法が制定され、キング牧師らの運動は法律的には達成されることになりました。同年、キング牧師はノーベル平和賞を受賞。しかしすぐに「平等」が達成されるわけではなかったのです。(その2に続く)