大地震で崩壊した「クライストチャーチ」

ニュージーランドは、南北2つの大きな島と小さな島々から成り立つ国です。南島最大の都市であるクライストチャーチは、2011年2月のマグニチュード6.8の大地震により、日本人留学生を含む180人以上の犠牲を出し、歴史的建造物が崩壊しました。その後、地元の精鋭的な復興活動により、日常を取り戻しつつあります。この地震の1ヵ月後に発生した東北大震災の報道の影になって、街がどのように変わったか、大きなニュースはありません。ここで、2013年11月末に訪れた「今の」クライストチャーチを紹介します。

大震災後の復興を目指す「クライストチャーチ」の今 大震災後の復興を目指す「クライストチャーチ」の今

立ち入り禁止区域の存在

1850年から始まったイギリスの入植と同時に、ゴシック様式の建物が建築されました。これらの建築物の多かったクライストチャーチは、この地震によりその多くが完全崩壊、または半壊しました。その建造物が多く集まった地区は、「Red Zone」として立ち入り禁止地区とされています。日に日に復興の影響を受けて、Red Zoneは狭まりつつありますが、地震発生以前の街並みに戻ることはありません。

アートになったコンテナ

建物や山の斜面など、崩壊防止策として「コンテナ」が使われています。このコンテナ、貨物列車などで良く見る、大きなコンテナです。コンテナを2〜3段以上重ね立たものが、Red Zoneや山の多い海岸線の道路沿いでよく見かけました。街中では、このコンテナが観光名所のひとつに役立っていました。さら地にコンテナを置き、カフェやショップとして利用されていました。これらのコンテナは、カラフルな色で塗られ、人が集まり、街に活気が戻るきっかけになっていました。

復興の象徴は、路面列車「トラム」

地震以前、観光に欠かせなかった「トラム(路面電車)」でしたが、震災後は運休になっていました。しかし、2013年12月21日より再運行され、これが復興のひとつの大きな進展を現わしています。トラムの車体は、当時と同じく趣があるものです。日本と同様に大震災を受けたニュージーランドのクライストチャーチですが、現在は復興に力を入れ、観光客の訪問を待っています。大きな災害を乗り越えて、新しくなったクライストチャーチを訪ねてみてください。