海への出口を失ったボリビア

現在、南米の内陸国になったボリビア。その領土縮小の歴史の話の続きです。17世紀には銀の採掘で、アメリカ大陸でもっとも人口の多い都市ポトシを有し、資源に恵まれた国でしたが、独立後はまったくといっていいほど政治に恵まれませんでした。前編で述べたように1879〜1884年に、硝石問題からチリと「太平洋戦争」になり、海に面していた領土をすべて失います。しかしまだまだ試練は続きます。この戦争が終わってまもなく、南米に空前の「ゴムブーム」が訪れます。これが次の戦争の火種になるのです。

南米の内陸国ボリビア。戦争にすべて負け、領土を失い続けた歴史を知る(後編) 南米の内陸国ボリビア。戦争にすべて負け、領土を失い続けた歴史を知る(後編)

ゴム問題からブラジルと争う

リビアというと「アンデス高地」のイメージがありますが、北部や東部は標高の低い熱帯地域。とくに、北部はアマゾン川の上流ということは、あまり日本で知られていません。そのため、人気のアマゾン川ツアーもブラジルではなく、物価の安いボリビアから行くという人もいます。さて19世紀末、ボリビア北部のアクレ県にブラジル人入植者たちがゴムの栽培にぞくぞくとやって来ました。当時、ゴムの木は南米でしか栽培されず、そのため南米各地に“ゴム長者”が生まれていたのです。1899年、アクレ県のゴム業者たちが独立を宣言したことから、業者たちを後押しするブラジルとアクレ戦争が始まります。しかしボリビアは政党間の争いが激しく、有効な手だてを打てません。1903年に戦争はボリビアの敗北で終わり、日本の半分ほどの面積があるアクレ県をブラジルに割譲します。

油田を巡ってパラグアイと戦った「チャコ戦争」

戦争により、チリ、ブラジルに領土を奪われたボリビアですが、まだ懲りません。1932年には隣国パラグアイと「チャコ戦争」を起こします。これはパラグアイとの国境に近いチャコ地方の帰属を巡っての戦争です。もともとこの地は不毛の地で、両国間に国境問題があっても優先課題とされていませんでした。しかし「原油が出る」ことがわかり、状況が一変。採掘権を狙う石油メジャーが両国を後押ししたこともあり、全面戦争になりました。1938年に戦争は終結しましたが、またもやボリビアの敗北。チャコ地方をパラグアイに割譲することになりました。これによりボリビアは、独立時の面積の半分以下になってしまいした。ちなみに両国が争ったチャコ地方からは、結局、大規模な油田は発見されませんでした。

かつてをしのんで南米を旅する

こうして見ていくと、ボリビアは60年ほどの間に、周辺のチリ、ブラジル、パラグアイと戦争をし、そのすべてに負けて領土を取られ、国の大きさが半分になってしまったのです。もしあなたが南米諸国を旅する機会があれば、「ああ、ここは昔はボリビア領だったんだ」とか、「かつてはボリビアはもっと広かったんだ」とこの文を思い出していただければと思います。