ゴールドラッシュで栄えた町

オーロプレットは、ミナスジェライス州のかつての州都でした。1690年に金鉱脈が見つかり、一獲千金を目指してブラジルはもとよりヨーロッパからも人が集まり、また労働力としてアフリカから多くの黒人が奴隷として連れてこられた場所でもあります。現在、「古都オーロプレット」として世界遺産に登録されています。金鉱の多くは閉鎖されていますが、いくつかは観光地として公開されています。私が訪れた3つの金鉱を紹介しましょう。

オウロ・プレットの歴史探索は金鉱から オウロ・プレットの歴史探索は金鉱から

金鉱を見学する前に知っておこう

オーロプレットは山の急斜面に作られた町で、石畳の道がたくさんある趣ある場所です。金鉱へ向かうには急なこの石畳の坂道を上ったり下りたりして向かうため、金鉱に到着するまでに体力を使います。私が訪れた3つの金鉱はすべて観光名所になっていますが、鉱山内部はわずかに水が流れ込み、滑りやすく、壁や床は水に溶けた粘土質の泥があります。足元が悪く、壁に手を付けると手や衣類に粘土が付着して、洗い落とすのが大変でした。それほどまでに坑道は細く狭いので、足元に注意が必要です。

金鉱その1 ミナ・ジェジェへ

金鉱ミナ・ジェジェは町のはずれにありますが、徒歩で十分行ける範囲です。ミナ(Mina)とはポルトガル語で鉱山を意味します。入場料15レアルを払い、ヘルメットを被ってガイドに従い鉱山内部へ入ります。この鉱山の深さは160m、さらに2〜3階層ありますが見学できるのは一部です。ガイドはポルトガル語訛りの英語で歴史や金脈の見つけ方、この金鉱から産出された金の量などを英語で説明してくれました。

作られた通路の壁から読み取る歴史

金鉱の通路はとても狭く細いのですが、その壁を見ると人工的に削られた痕が残っています。黒人奴隷の手作業で掘り作られたこの細い通路の歴史が読み取れ、ところどころの壁には明かりを置く窪みが作られていました。岩盤が固く狭い通路しか掘れない場所には子供の奴隷が適用されたそうです。そして金鉱内部には十分な酸素が巡らず、過酷な金鉱の一つであり、労働者の寿命は短命だったそうです。そんな環境下であっても安全を祈願する小さなマリア像が坑道にひっそり佇んでいました。(後編につづく)